四段目

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四段目

【よだんめ】…落語。上方では「蔵丁稚(くらでっち)」というタイトル。


芝居好きの小僧さんがお使いの帰りに道草を食った罰に蔵に閉じ込められるハナシ。


このハナシは、蔵の中で腹ぺこの小僧さんがひとりで仮名手本忠臣蔵・四段目の見せ場を演じるという内容なのだが、あたしが初めて観たのは90年代初頭のTBSの深夜番組「落語特選会」において。by古今亭志ん朝。

志ん朝大好きなのに、当時ぜんっぜん面白いと思わなくて、その後自分がその録画を持ってることすら記憶から消えていたほどだった。

理由は簡単で、当時アタシがオリジナルの仮名手本忠臣蔵・四段目を観たことも聴いたこともないノンケだったから。

現在、すっかり忠臣蔵ヲタになったわたしにおともだちが志ん朝のDVD見せてくれて、「あれ?これもしかしたら録画持ってる」と20年近く前の記憶が呼び覚まされたのだが、このときDVDを再生してるHDDにたまたま入ってた仮名手本(先代の仁左衛門が由良之助で尾上梅幸(7)が塩冶判官)の四段目の録画が入ってたので、ちょっと観てはDVD、ちょっと観てはHDDと、とっかえひっかえ観る趣向にでた。

あらためて観ると実は志ん朝師匠はひじょうに丁寧で、なんとかノンケにも伝えようとしているのか芝居にまつわる、周囲のディティール(登場人物や演出、小道具の解説「通さん場」「太棹」「しきび」「三宝」など)や登場人物の心情などもいろいろ説明してくれるので親切。


「こどもがやってる」ようにそこそこ下手にやらなきゃいけないというのは逆にむずかしいだろうなと思います。


てなわけで、この噺は結局、見てる方が「わからないとつまらない」むずかしい噺なんじゃないかと思うが、それでも落語家のみなさんはそれぞれのご工夫でしばしば高座にかけるようですが、芝居部分が達者すぎてハナにつくであるとか、あんまり芝居に興味がないくせにやっちゃってお気の毒になるであるとか、わからない人にもわからせようと無闇にオーバーアクションにしたり、かなりハードルが高い。

三遊亭円生の録音を聴くと芝居部分を最低限にカットして演っており、芝居のまねごとをしてるときはグッと決めてるものの、すぐに「おなかが減っちゃったなあ」と抜く。芝居のほうがわからない観客がウンザリしない工夫がひじょうにうまい。


というような、あまりリーズナブルではない噺。



狐芝居

侍の扮装で旅をしている役者(かなり下っ端)が山道で狐の芝居小屋にでっくわす。

そこでかかてったのは仮名手本忠臣蔵で、「四段目」の真っ最中だった。

ところが大星役の役者がトチッて出てこない。見ていた役者はたまらなくなって(ちょうど侍装束だし)勝手にとび入りで参加。芝居は進むが、はじめは違和感なく楽しんでた観客の狐の仲間たちはやがて大星役の役者が狐ではないことに気づきはじめる…


とてつもなく楽しいというか、かわいいハナシ。そしてオチがいい。

古典かと思っていたが、2016年3月の「忠臣蔵でござる 春宵特撰 ASANO meets HANGAN」に出演させていただいた際、桂吉坊師匠にうかがったところ「おそらく昭和55年頃に作られたもの。」枝雀師匠のために書かれたものを都合で桂吉朝師匠が演ることになった(逆だったかしら?要確認)とか。


まるで小学生の時に図書館で読んだ民話の世界。そう思って検索してみたら「まんが日本昔話」で「白狐の大芝居」というタイトルで放送されていた。

アニメの方は落語とはストーリーがじゃっかん違い、役者ではなくお婆さんが山の芝居小屋にでくわし、周囲の客からお稲荷さんなどももらいながら楽しく芝居鑑賞を続ける。クライマックスは「葛の葉 狐の子別れ」になり、感激したばあさんは家に帰って嬉々として報告するが、お嫁さんに狐に化かされたことを告げられる。

大分県のハナシだそうで、落語のようにオチはなく、落語のように簡潔でもない。

同番組ではものすごく似たエピソードに「猫の芝居」というのもあって、こちらは寺の飼い猫タマが忠臣蔵芝居に出てて、たまたま上演を目撃した和尚がタマの熱演をほめたら翌日いなくなってしまったという話だった。


ともかく、昔話にしても落語のほうにしても、昔の人のお芝居に対する愛し方や素朴なおはなしづくりがひじょうになごむ。