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赤穂城断絶

747 バイト追加, 2021年9月18日 (土) 19:54
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 もれ承りますところによると、深作監督は、もっともっと「仁義なき戦い」風にしたかったそうで、でも東映側だか、内蔵助役の萬屋錦之介(当時45歳)だかが反対したことで思ったようには描けず、結果的には監督にとっても錦之介にとっても腑に落ちない仕上がりとなっているらしい。<附言> もれ承りますところによると、「柳生一族の陰謀」から深作監督は、もっともっと「仁義なき戦い」風にしたかったようで(と、言いつつ本作については、[[元禄忠臣蔵 前篇・後篇|「元禄忠臣蔵」]]みたいにもしたかった)、でも東映側の方法論や、内蔵助役の萬屋錦之介(当時45歳)のこだわりもあって思うように描けず、結果的には監督にとっても錦之介にとっても腑に落ちない仕上がりとなっているらしい。
 金子信夫で内蔵助を演じてほしかった本作の企画・日下部五朗(映画プロデューサー)も「脚本家がどういう忠臣蔵にするか迷って迷って中途半端になり、キンちゃんの演技もどっちつかず」と。インタビューで答えている。<small>(河出書房新社「深作欣二」春日太一責任編集)</small> 後年に、本作について、こうまで後ろ向きの意見ばかり聞かされると、「んじゃあ、面白がったら間違いなのかな」って思っちゃう、関係者の愚痴の多い作品。 監督は「金子信夫で内蔵助を演じてほしかった<small>(「キネマ旬報」NO.1145)</small>と言うが、見てみたかったものです。」と言うが、見てみたかったものです。
 昭和時代最後の忠臣蔵映画。
 

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