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映画生活三十余年の長谷川一夫が、はじめて内蔵助をやった映画で(判官は7回やっている)、さらに創立以来18年、大映(この頃、やや不振)がはじめて「忠臣蔵」を本格的に映画化した作品だとか(外伝、銘々伝系はあった)。映画生活三十余年の長谷川一夫が、はじめて内蔵助をやった映画で(判官は7回やっている)、さらに創立以来18年、大映(この頃、やや不振)がはじめて「忠臣蔵」を本格的に映画化した作品だとか(外伝、銘々伝系はあった)。
前半はなんだか展開がセカセカしてる感じがして、ちょっと登場人物に共感できない。反面、ストイックで無駄のない進み方が気持ちよい感じも、する。(そもそも監督の渡辺邦男は撮るのもすごく早いらしい)前半はなんだか展開がセカセカしてる感じがして、ちょっと登場人物に共感できない。反面、ストイックで無駄のない進み方が気持ちよい感じも、する。
だがそのスピードに当時若手のスター・市川雷蔵=そのスピードに当時若手のスター・市川雷蔵=[[浅野内匠頭]]も巻き込まれてしまうが、とはいえ、切腹までとりあえずワンマンショーばりに約30分間も巻き込まれてしまうが、とはいえ、切腹までとりあえずワンマンショーばりに約30分間"'''でずっぱり'''"ではある。
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[[画像:daiei_cyusingura.jpg|thumb|公開当時のパンフレット]]
出演者の目張りがすごいんで、油断すると全員同じ顔に見える。
雷蔵曰く「内匠頭はアホやないかと思うんです。そこをいかに清潔で正義感で家来思いで愛妻家で、こんな人が切腹させられるなんて!と観客に思わせなくてはいけない。」<small>(別冊近代映画 '58)</small>
大映でメガホンを取るのは初めての渡辺監督は、いったんは大映常務の松山英夫([[忠臣蔵 天の巻/地の巻|日活時代にバンツマで忠臣蔵]]を成功させている)の直々のオファーを断っているが、松山の「講談調の忠臣蔵を…」の、言葉に動かされたという。<small>(昭和33年「アサヒ芸能」No.614)</small>
講談ということになれば登場人物も多くなるので、"早撮り"で定評の監督にお座敷がかかったわけで、ご当人も納得の登板となったわけである。で定評のある監督にお座敷がかかったわけで、ご当人も納得の登板となったわけである。<small>(「時代映画」No.35)</small>
結果、本作は奥することなく正調忠臣蔵を言っていい作品には仕上がっているが、いささか泥臭い。(ちなみに脚本家は3人いるが特に八尋 不二(やひろ ふじ)は「僕は本当は歴史映画の忠臣蔵をやりたい」と語っている。<small>(「時代映画」No.35)</small>)