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もりいくすお

サイズ変更なし, 2008年10月13日 (月) 04:16
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もりい くすお(男性、1965年11月23日 - )は、日本のイラストレーター。
 
東京都港区順天堂病院([[畳屋|畳替え事件]]の増上寺の近所)で生まれ、品川(勅使、院使を出迎えた地)で育つ。
 
先祖は[[大石内蔵助]]の閑居があった京都の山科のそばだと勘違いしていた時期があったが(高祖母が木村荘平の愛妾だったから)、実際は[[伊達左京亮|伊達家]]のお屋敷があった麻布は仙台坂のそばのおっさんの子孫だった。
 
父親は「[[通し狂言 仮名手本忠臣蔵|仮名手本忠臣蔵]]はフィクションだからいいが、いかにも史実であるかのように家柄の良い高家筆頭の[[吉良上野介]]を悪者に仕立て上げる映画の忠臣蔵は嫌いじゃ!」と、アンチ忠臣蔵のサラリーマンで現在はリタイア中。一方で母親は息子が「いま、忠臣蔵に出た役者の絵を描いてるんだ」というと「はぁ、時代劇ね」というくらいの認識。
友人に助けられながら、クライアントに謝りながら、それなりにイラストレーター生活を続け、たまに広川太一郎さんのモノマネ([[間十次郎]]の子孫の声優・羽佐間道夫さんおすみつき)で関根勤氏主宰のカンコンキンシアターのナレーションもお手伝いしつつ、浅草で10年以上営業を続けた。浅草は忠臣蔵がお家芸の[[国本武春]]先生が浪曲をされる木馬亭のある、仮名手本忠臣蔵などが公演される[[中村勘三郎|中村座]]がやってくる有名な下町である。
 
20〜30代は特に忠臣蔵を意識することもなく生きていたが、なぜか年末の忠臣蔵映画を録画したり、大河ドラマの「[[元禄繚乱]]」を毎週録画したりしていた。
なにしろ47人のキャラをメモり終わらないうちに、周囲のキャラのほうに個性豊かのがいたりして、作業はなかなか終わらない。それでもまとめてみるとおもしろかったので、ホームページで公開しようと思い立った。自分がメモをしながら、こういうサイトがあったら便利なのに、と思ったのがなによりの'''きっかけ'''であります。であります。そして遂に2008年、公開。 ホームページの名前、くすやは討ち入りの前に四十七士が集まった[[蕎麦屋|そば屋]]の名前にちなんでつけました。自分の名前に似てたので。
仕事の合間にこのサイト用の絵を描いておりますと、仕事をするときの腕前が上がっておりますので、これはいいウォーミングアップだなと納得いたしまして、めでたし、めでたし。

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