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大高源五

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[[画像:OOTAKA.jpg|thumb|役者絵:平田 満]][[画像:gengo_gaku.jpg|thumb|役者絵:濱田 岳]][[Category:四十七士|おおたかげんご]]
[[Category:俳諧三羽がらす|おおたかけんこ]]
大高源五【おおたか げんご】…風流キャラ。俳号「子葉(しよう)」。大高源五【おおたか げんご】…風流キャラ。俳号「子葉(しよう)」。書の流派は素眼流。
12月14日の吉良屋敷で茶会があることを[[宝井其角]]、または[[山田宗遍]](やまだそうへん)から聞いた人。
[[大石内蔵助|内蔵助]]は[[浅野大学]]を主君に仰いだかたちでの、つぶれた赤穂藩の再興を幕府に願い出ていたが、結局それは叶わず、元禄15年夏頃「ナシ」と決定。ここに至って討ち入りを決意する。しかし、長い間待たせた藩士たちの覚悟が変わっていないかを確認するため、先年交わした決意の念書「神文(しんもん)」を一度返却することにする。を主君に仰いだかたちで赤穂藩の再興を幕府に願い出ていたが、元禄15年夏ごろに「再興は無理」と決断(大学の閉門が決まった)。ここに至って討ち入りを決意する。
この返却は方便で、実際はその時に黙って受け取る者をメンバーから外し、覚悟を持つ者を見極める内蔵助の計画だった。この役目を託されたのが、貝賀弥左衛門とともに大高源五である。(神文返し)ただし、長く待たせた藩士たちの心変わりがないか確かめるため、先年交わした決意の念書「神文(しんもん)」を一度みんなに返却することにする。 方便は「討ち入りは中止になった」。その時に黙って受け取る者はメンバーから外し、覚悟を持つ者を見極めた。その「返却&覚悟確認係」の役目を託されたのが、貝賀弥左衛門とともに大高源五である。(神文返し)
(「[[決算!忠臣蔵]]」では、神文返しを、予算の都合によるリストラとしている。)
忠臣蔵ではおなじみの句だが、俳諧師によるとへんな句のやりとりだそうで、実際のふたりの附け合いは「草も木もこうなるものか冬枯れて」「明日待たるる銀のさかづき」というものが本当だそうでございます。
(そうかと思うと、大高「日の恩やたちまち砕く厚氷」其角「月雪の中や命の捨てどころ」と返すバージョンもある)(そうかと思うと、大高「日の恩やたちまち砕く厚氷」其角「月雪の中や命の捨てどころ」と返すバージョンや、←このやり取りの最初に其角がまず先に「我が物と思えば軽し笠の雪」と口火を切るバージョンもある。その際は其角が[[土屋主税]](吉良の隣家)の「百韻の催し」に出席したあとに泊まって、討ち入りの挨拶に来た大高と再会する。)
其角は大高の駄句にはなはだあきれて、羽織をめぐんだりして別れるが、あとで句の謎を[[松浦壱岐守|松浦候]](吉良家の隣人)に「討ち入り決行の暗喩」と解いてもらって納得&反省。
* [httphttps://blogkusuosan.kusuyajugem.netjp/?day=20170929 忠臣蔵ブログ「はこね忠臣蔵」]