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忠臣蔵 天の巻/地の巻

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{{Cinema|制作=日活太秦|公開=1938|内蔵助=阪東妻三郎|星=34|頃=}}
[[画像:laser_disk.jpg|thumb|レーザーディスク 1991年にっかつ]]
[[画像:nikkatsu_poster.jpg|thumb|東宝配給の改訂総集版(て、なに?)ポスター戦後、日活制作・東宝配給で再公開された改訂版ポスター。]]
東西オールスターキャスト。30歳代の知恵蔵は台詞が明瞭(早口だけど)。東西オールスターキャスト。30歳代の片岡千恵蔵は台詞が明瞭(早口だけど)。
かなりスタンダード。
公開当時、空前の大当たりを取った作品。<small>(昭和33年「アサヒ芸能」NO.614)</small>
封切り前日に出演者全員で泉岳寺にお墓参りに行って(自動車数台のパレードに、沿道は人だかり)、そのあと浅草や新宿の封切り館で、役者の舞台挨拶(当時は珍しかったという)をするという、大プロモーションも行われた(特に阪妻やアラカンはそういうのをしないので有名だったとか)。経営難の日活が黒字に転じたという。封切り前日に出演者全員で泉岳寺にお墓参りに行って(自動車数台のパレードに、沿道は人だかり)<small>(註釈01)</small>、そのあと浅草や新宿の封切り館で、役者の舞台挨拶(当時は珍しかったという)をするという、大プロモーションも行われた(特に阪妻やアラカンはそういうのをしないので有名だったとか)。経営難の日活が黒字に転じたという。<small>(田山力哉「千恵蔵一代」社会思想社)</small>
 その後、映画界が微妙な空気に包まれていた70年代という時期に、日活は「戦争と人間」三部作とか作って意地を見せている。
 
 
 
註釈01…嵐寛寿郎の記憶では「京都から(鉄道の)二等車買いきって妻さん以下全員で上京しました。東京駅から自動車を30代つらねて、皇居の前で天皇陛下バンザイ。泉岳寺で義士の墓参、(略)ファンが大勢押し寄せて、憲兵隊が出た。泉岳寺でそば食うて、靖国神社に参拝しました。大祭でもこれほど人出はないと、宮司さん言うてはりましたで。宣伝大当たりやった。」<small>(「聞書アラカン一代 鞍馬天狗のおじさんは」竹中労 ちくま文庫)</small>