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{{Cinema|制作=東映|公開=1963|内蔵助=ロック|星=2|頃=}}
[[画像:wanwan_v.jpg|thumb|ビデオパッケージ。]]
けだもの版忠臣蔵。東映動画のアニメ。
原案・構成:'''手塚治虫'''っていうのがすごくそそるが、出来上がったものは手塚先生の考えから相当離れてるとか…。どんな構想だったのかすごく知りたい。っていうのがすごくそそるが、出来上がったものは手塚先生の考えから相当離れてるとか…。
手塚治虫の公式ホームページでもこの件について触れてる[http://tezukaosamu.net/jp/anime/4.html/ コンテンツ]があり、当初は『森の忠臣蔵』というタイトルで絵コンテまで執筆したのが企画会議の果てに路線変更されたというようなことが書いてある。
この「'''予想'''」の成否はともかく、たしかに儒教的な忠誠心だけでストーリーを組み立てるのは手塚先生の芸風ではないかもですね。」の成否はともかく、儒教的な忠誠心だけでストーリーを組み立てるのは手塚先生の芸風ではないかもですね。 そもそも先生は「勧善懲悪のハナシは描かない」と明言してらっしゃるそうです<small>(※註01)</small>。善悪という二元的な捉え方はあたかもその間に境界線があるようだが、人間の善と悪とは行ったり来たりする…というお考えだったようなので。 そこへいくと勧善懲悪の取り締まりみたいな「忠臣蔵」という題材で、過去に「西遊記」('60)の時に東映との間でヒューマン・リレーションの上でそうとう懲りた先生が、過去10年に何本も忠臣蔵を撮って、いわばお家芸的にしちゃってる?東映さんと仲良く最後までこのプロジェクトに付き合えるとはとうてい思えない。 ともあれ、世間から讃えられた四十七士の「正義」への疑い。というものを手塚先生なりに見つけていたとしたら、手塚版「忠臣蔵」をアニメでも漫画でもいいからそうとう観てみたかった。 (ていうか、そもそも手塚先生は浪花節がお嫌い。<small>(「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」2015年4月)</small>) 製作:大川博/脚本:飯島敬 白川大作/構成:手塚治虫/監督:白川大作 <加筆> ・・・と、四の五のと上記のようにイキがって書きましたが、上の記述から1年ほど経って、'''実は本作のアイデアがほとんど手塚先生のものである'''証言が載ってる[http://www.style.fm/log/02_topics/top041207.html 東映動画初期の演出家・白川大作氏のインタビュー]を遅まきながら発見!<small>(webアニメスタイル ■東映長編研究 第13回 白川大作インタビュー(5) メイキング・オブ『わんわん忠臣蔵』</small>) 内容がベタな忠臣蔵になってないのは、「戦争がどうのこうの」ではなく手塚さんも白川さんもどちらかと言うと、ドメスティックな香りよりももっとモダンなディズニー的なものがやりたかったという、ひじょうにわかりやすい理由からのようだ。(往々にしてファンというものは勝手な深読みが過ぎますw) 内容について「忠臣蔵」と「こがね丸」(巌谷小波・作)をミックスして無国籍的にしたとか、カットされた場面にはペットショップで知りあった恋人(恋犬?)同士の別れに「あたしゃ売られていくわいな」という仮名手本忠臣蔵(ていうかドンドン節)のパロディもあった、など貴重なお話が読めます。
(※註02)・・・コンテを渡してたのは事実らしいが手塚先生の自伝的記録には「出来上がりはボクの考えていたのとまるっきり違っていた」と語っていたと言う。もうわかりましぇん。<small>(少年画報社「鉄腕アトムの歌が聞こえる ~手塚治虫とその時代~」要確認)</small>
東映アニメの前身である日本動画社は、発足当初は、もりいの出た成城高校の空き教室を仕事場にしていたと言う。うれしい歴史💕。
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[[Category:くすおの忠臣蔵作品評|1963]]