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元禄忠臣蔵の女たち

168 バイト追加, 2026年3月5日 (木)
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{{Cinema|制作=和塾|公開=19522025|内蔵助=---|星=2|頃=}}
[[画像:genroku_onnatachi.jpg|thumb|公開当時のチラシ]]
・・・といった4本立てのエピソードが、オムニバス形式で綴られる約1時間45分。
だから、タイトルからは「タイトルからは「[[東芝日曜劇場 女たちの忠臣蔵〜いのち燃ゆる時〜|女たちの忠臣蔵]]」を思わせますが、実際にはどちらかというと「」的なニュアンスを思わせますが、「[[女と男の忠臣蔵]]」といった趣きの作品でした。」といったほうが似合うおもむきのお芝居。
さらに言うと、新歌舞伎「また、新歌舞伎「[[元禄忠臣蔵]]」とも無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品です(忠臣蔵ではない系)。」とは無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品(つまり忠臣蔵ではない系)。
各話の合間合間に登場する狂言回しの[[妙海尼|妙海]]が、メタ的にMCやってるんですが、演じてらっしゃるのはこの和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃいます。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。が、メタ的にMCやってらっしゃるのだが、演じるは、この和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃる。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。
彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞をおっしゃっている。彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞を進める。
それをあらかじめ許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。あらかじめ、それを許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。
一般を相手にしている商業演劇ではなく、ファンミに近い空間なのである。一般を相手にしている商業演劇ではなく、ファンミに近いのである。
で、この妙海はみんなよりも年上だし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!で、この妙海はみんなよりも年上だし、堀部親子のエピソードは別にあるし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!
20〜30代の役だったのである!(ちなみに[[ホリ|サチと腹違いのお順]]…という設定)
台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目でした。まるで、真面目な小学校の先生のよう。台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目。
オムニバスなんで全体としての盛り上がりがあるわけでもなく、さながら、4時限の授業に出席したかんじ。オムニバスなんで全体としての盛り上がりがあるわけでもなく、さながら、4時限目までの授業に出席したかんじ。
まじめなので冗談がひとつも面白くなく、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。
(加筆:鑑賞から数日経って思ったのだが、笑えるシーンが笑えなかった仕上がりのせいで、無学でおっちょこちょいの農村の娘が、コメディリリーフとして成立しきれなかったために、まじめなので、冗談があんまり機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。 つまり、緩衝材として機能するはずの笑いのシーンが、理屈として組み込まれていて呼吸になっていない。"シンプルにみじめ笑わせようという誠実さ"に見えてしまい、彼女がだけが前に出ている(学校の先生がスベってるみたいな感じ)。 ギャグ(みたいなもの)がスベっているだけでなく、いつもならおもしろ親父が定番の[[矢頭右衛門七堀部弥兵衛]]に淡い恋心を抱き、右衛門七がそれにつきあうシーンがも、ただの老武士で演出されてたのも、いかにももったいなく、全体を平坦にしちゃったなと思いました。  ことほど左様に、役者(あるいは脚本や演出)の"介護年齢的なこと"みたいに見えてしまった…。ほんとはその村娘と同じくらいの年ごろのはずの右衛門七が元服したふつうの武士のこしらえなので、いよいよ二人の感情の温度差がはっきりしてしまう。)と"まじめなこと"が、随所で微妙なムードを醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「みんな現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだろうと踏んだ。