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だから、タイトルからは「タイトルからは「[[東芝日曜劇場 女たちの忠臣蔵〜いのち燃ゆる時〜|女たちの忠臣蔵]]」を思わせますが、実際にはどちらかというと「」的なニュアンスを思わせますが、「[[女と男の忠臣蔵]]」といった趣きの作品でした。」といったほうが似合うおもむきのお芝居。
さらに言うと、新歌舞伎「また、新歌舞伎「[[元禄忠臣蔵]]」とも無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品です(忠臣蔵ではない系)。」とは無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品(つまり忠臣蔵ではない系)。
彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞をおっしゃっている。彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞を進める。
それをあらかじめ許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。あらかじめ、それを許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。
一般を相手にしている商業演劇ではなく、ファンミに近い空間なのである。一般を相手にしている商業演劇ではなく、ファンミに近いのである。
で、この妙海はみんなよりも年上だし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!で、この妙海はみんなよりも年上だし、堀部親子のエピソードは別にあるし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!
台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目でした。まるで、大真面目な小学校の先生のよう。台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目。
まじめなので冗談がひとつも機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。
笑えるはずのシーンが笑えなかった仕上がりのせいで、無学でおっちょこちょいの小作の娘が、コメディリリーフとして成立しきれない上に、"元気でハキハキしている"以外に設定上の魅力もないので、"素朴でかわいい"というよりも"シンプルにみじめ"に見えてしまった。まじめなので、冗談があんまり機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。
彼女が[[矢頭右衛門七]]に淡い恋心を抱き、右衛門七がそれにつきあうシーンについても、なんで彼が時間を割いているのかが伝わってこず、どこかつまり、緩衝材として機能するはずの笑いのシーンが、理屈として組み込まれていて呼吸になっていない。"介護支援笑わせようという誠実さ"みたいに見えてしまった…。だけが前に出ている(学校の先生がスベってるみたいな感じ)。
もちろん、奉公に出されるのか身売りされるらしいので(台本上そこをハッキリ言わない)、その不幸な境遇を汲み取り、同情したという読み方が正解なのだろうが、それは観客側でイメージを用意しなくてはならない。ギャグ(みたいなもの)がスベっているだけでなく、いつもならおもしろ親父が定番の[[堀部弥兵衛]]も、ただの老武士で演出されてたのも、いかにももったいなく、全体を平坦にしちゃったなと思いました。
右衛門七も右衛門七で、ほんとはその村娘と同じくらいの年ごろならビジュ的に関係も成立しそうなものだが、ふつうに元服した武士のこしらえで役者が壮年層なので、いよいよ二人の感情の温度差が際立ってしまう。
いずれにしても、役者の実年齢が随所で微妙な違和感を醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだ。ことほど左様に、役者(あるいは脚本や演出)の"年齢的なこと"と"まじめなこと"が、随所で微妙なムードを醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「みんな現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだろうと踏んだ。
編集の要約なし
{{Cinema|制作=和塾|公開=19522025|内蔵助=---|星=2|頃=}}
[[画像:genroku_onnatachi.jpg|thumb|公開当時のチラシ]]
・・・といった4本立てのエピソードが、オムニバス形式で綴られる約1時間45分。
各話の合間合間に登場する狂言回しの[[妙海尼|妙海]]が、メタ的にMCやってるんですが、演じてらっしゃるのはこの和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃいます。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。が、メタ的にMCやってらっしゃるのだが、演じるは、この和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃる。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。
20〜30代の役だったのである!(ちなみに[[ホリ|サチと腹違いのお順]]…という設定)
オムニバスなんで全体としての盛り上がりがあるわけでもなく、さながら、4時限目までの授業に出席したかんじ。