「忠臣蔵・序 ビッグバン/抜刀」の版間の差分
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2025年12月31日 (水) 16:21時点における最新版
| 作品概要 | |
| 制作会社 | エイチエムピー・シアターカンパニー |
|---|---|
| 公開年度 | 2018年 |
| 内蔵助役 | はたもとようこ/岸本昌也 |
| 評価 | |
お芝居はステキだったし、役者さんは良かったし配役もうまくいってる感じ。舞台の見せ方のアイデアも美術構成も好き。
さらにシュルレアリスム的感性(チラシより)の演出もセンスがあり、面白い。そして好み。
ネタバレになるので詳しくは書かないが、上演回によって男性演者ばかりの松組と、女性演者ばかりの亀組が舞台と客席を個性的に使いわけて提供してくれる。
亀組の舞台(<その二種類を知らずうかつにもあたしは亀組しか観ていないが、両バージョンを見た友人の松組の評判も良かった。)は三つ盛り亀甲型のオブジェひとつだけのセットにプロジェクションマッピングの投影もいい感じにキマってた。
関係ないが、若い頃、演劇実験室 万有引力の芝居とか見に行ったときは、なにを言ってるんだかよくわからなかったが、それも含めてシュルレアリスムの作品世界にはシビレたものだった。だからシュール、好き。
が、
今回はネタが忠臣蔵だけに芝居の一語一句なにを言ってるのか理解できたのがかえって仇となって(?)星が二個になった。大きく以下のふたつのことが気分にまとわりついた。
まず、広告に「仮名手本忠臣蔵を題材に現代演劇として再構成した」とある。
そしてチラシのクレジットにも「原作=竹田出雲・三好松洛・並木千柳」とある。
どぉして、そんな大胆なことを言っちゃったのだろう??だって、実際の内容とまるで違う。これ、ふつうにウソなんだもん。(不遜な言い方ですいません。本文は個人の感想につきご容赦を。)
ストーリーも登場人物も、なにひとつ仮名手本していないので、この口上書ビラがひときわ、出来栄えを台無しにしてる。
憶測だが、「仮名手本忠臣蔵」って、タイトルに「忠臣蔵」ってついてるから、「お茶の間におなじみの忠臣蔵っていえば…たぶん原作は仮名手本なのだろう」と、安易に勘違いしたパターンが濃厚(すごくありがち)。
さて「忠臣蔵・序 ビッグバン/抜刀」のあらすじは(以下、セリフ部分はもりいのアレンジにより不正確御免)…
饗応役を仰せつかった浅野内匠頭が、節約を心がけるように柳沢吉保から言われたので予算170両(<激安!)を30両負けてくれと大納言保春(ほんとは中納言ですな)に直訴(は!?)して認めてもらうが、大納言は「浮いた30両でなにして遊ぶんだ?」的なことを指南役の吉良上野介に(なんで?)ネチネチ言うので吉良は「30両は自分で出す!」と憤慨(おやまあ、なんじゃそら)。吉良は内匠頭に「まったく武士は江戸の生まれにかぎる!泥臭い田舎大名め!」(内匠頭は江戸生まれだけど…)とののしり、キレた内匠頭はひとり「吉良を切って柳沢を切って将軍を切って大納言を切って天皇も切って、自分が天皇になったりして」的なひとりごと(すごい幼稚w…)を言いだし、手始めに吉良に刃を向けたところを岩村藩藩主(<なぜかコレ再三強調される。ほんとは岩沼藩)田村右京之介(右京大夫?この人だけところどころ架空なのはなにか?)に止められて、柳沢吉保はまったくの独断で将軍に報告もせず内匠頭即日切腹を決定&決行(当時の幕府制度的に"側用人"の柳沢の単独裁定はほぼ不可能…)。赤穂の大石内蔵助と吉田忠左衛門はある日見た夢告知から、浅野様(と、彼らはそう呼ぶ)が「吉良を切って柳沢を切って将軍を切って大納言を切って天皇も切りたい」と思っていたことを悟る…。(約90分)
というわけで、チラシ上で「原作」にしてると言ってる「仮名手本」大序〜四段目とは一切関係のない、聞いたこともない内容なのだが、そのおかげで登場人物にしてもキーパーソンである加古川本蔵、おかる勘平は出てこない!(ベジャールお気に入りの鷺坂伴内も。)
え〜?このあと予定されてる構成を知らないが、重要人物たち(&エピソード)をバッサリ切るとなると、彼らが活躍する、次以降の五〜九段目(仮名手本は全部で十一段。)も、ナシということになる??
え……そっそれで「原…作…」???💦(この芝居は全三部作を予定)
こうして、作家さんは、主従のあり方や、幕府と朝廷との関係など、およそ仮名手本に出てこない要素をふんだんに盛り込み、尊皇のイメージの赤穂武士に、京都にまで牙を向けさせる。
こんな物騒なありさまで今後討ち入りになっていくとなると、その動機には最近ネットとかでアンチにありがちな「四十七士はテロ」という呼ばわりに歩調を寄せていくんじゃという不安がつのる。
ツッコミどころの多い内容と、広告のデタラメというふたつの波が星の数を浸食した。
「デタラメこそがシュールレアリズムなのだ」と言いたいのかな?と、こっちが気を利かせるにしても、不勉強と見分けがつかないデタラメは微妙すぎる。
古典演劇の"再構築"によって仮名手本要素がゼロになったと言うのなら、結果的に見たこともない構成になってなければ成り立たない。仕上がりは明らかにオーソドックスな忠臣蔵ドラマに近い。(つまり、原作は講談の『赤穂義士伝』と言うのが正解なのである。)
ブーブー言ってるわりに星が二個もあるのは、最初に申し上げたように全体の好感度は決して低くないのである。本作は三部作の一作目だそうなのだが第二部、第三部も観ようかなという気持ちは、いまのところ(公演千秋楽鑑賞の2018.7.15現在)、ある。(あとあのー…役者さんに、あたしが描いた義士ようかんが、ご贔屓筋から差し入れで入ってるご様子だしw<という手心(出典:Togetter))
だから今回にしても、わざわざ伊丹まで鑑賞だけのために東京から出かけた後悔は無い。
とはいえ、こうした不満は時間が経つとどう大きくなるかもわからない。次回のお知らせを見つけた時点で、ふたたび(みたび)伊丹までわざわざ観に行くほど吸引力が続いているのやら、好感度の賞味期限はいまのところ不明。
(加筆:この時点で私は「おかる勘平は次回、出てくるのかもしれない」という、淡い期待もあった。)
忠臣蔵・破 エートス/死
| 作品概要 | |
| 制作会社 | エイチエムピー・シアターカンパニー |
|---|---|
| 公開年度 | 2019年 |
| 内蔵助役 | 高安美帆 |
| 評価 | |
と、いうわけで翌年にめでたく公開された、続編を観了。
前回見て「いいな」と思った役者さん(大納言安春役と、当時の多門伝八郎=今回は安兵衛役)の出番が増えてうれしかった。そして、登場人物をすごく整理してある。
美術もシンプルで効果的で機能的で素敵。
衣裳もひじょうに洗練されている。ビジュアル的にいろいろ無駄が無い。
先回申し上げたデタラメについては、今回はおおいに調整され、聞いたこともない赤穂浪士たちの思惑(討ち入りにはオリジナリティあふれる言い分があって、先回の心配は払拭された)が面白かった。(註01)
でも、
たとえば、吉良の後任の戸田忠真(えっなんで?)が京都御所まで接待役の打ち合わせに出かける(京都行ってる間にイベント終わりますけど!?)シーン(これが冒頭)を見て、
「これは、わかっててあえてふざけているのか。浅学でこうなっちゃってるのか。」
と、思ったとき、前回あれだけ気になった「仮名手本忠臣蔵原作」を、またぞろ性懲りもなく、今回も劇場で配ってたビラで演出家さんがクチにしてたのが頭をかすめると、「ああ…テキトーなんだな」と、とたんに目の前で繰り広げられてるアレコレがガッカリなモノに見えてきて、興ざめしてしまうのでありました。(註02)
周囲のディティールがテキトーだから、根幹のデタラメを支え切れず、全体的にタワゴトになった。
あたしは根に持ったんですね。ともかく。
どうして「芝居」そのものだけに集中して楽しめなかったかと言うと、この芝居を「現代日本演劇のルーツ」シリーズと銘打った、その一貫として堂々とリリースしてるからなのであります。かつ、別の芝居では文化庁芸術祭賞新人賞をもらっている劇団のやっていることなのだ。そううたわれたら意識するでしょう!
なのに先回から1年経っても、なんのエクスキューズも無く、シャアシャアと「仮名手本忠臣蔵原作」を言い引きずっている態度は、「ルーツ」や「忠臣蔵劇」を軽視しているのか、それとも、どうせ客にはわからないだろうという侮辱なのか、…いずれにしろひじょうに印象が悪い。
こう言っちゃ悪いかもだけどコレって、ユーザーに対して、食品に偽装ラベルを貼る業者と、同じあやまちである。(同時に、過去にこの劇団が上演しているという、カミカケテとかアブラジゴクはちゃんとやってて、仮名手本だけがこんななのか、それともいつもだいたいこんなふうなのかという不信感もつのる。)
その非礼のアレコレを挽回するほどの衝撃は、作品からは、ひびいてこなかった。
演出家さんの往生際の悪さを、周囲の誰も諌めることが出来なかった(同調圧力なのか、それとも不勉強なのか)、この団体をとりまく現場全体の限界もそこに見るのであります。(本作が「仮名手本を原作にして創作した脚本家の作品」なんだと、責任転嫁みたいな説明がビラにあるが、こう書かれていることを脚本家さんは納得づくなのかなあ。作品は、完全な赤穂事件のモジリであって、忠臣蔵要素(註03)のチの字も出てこないのだけど…。)
伊丹までいそいそと観に行った自分がいとおしいので、ギリ星2つとさせていただきます。役者さんみんな良かったし。(大野九郎兵衛の人だけ、フワフワっとしていたけど。ちなみに九郎兵衛も四十七士。)
註01…以下ネタバレ。本作で一番特徴的なのは、討ち入りのあとに上杉が攻めて来れば戦争になるから、それでこの世をまた戦国時代にしようという赤穂浪士の思惑。なかなかユニークなデタラメだが、構成がいたって堅苦しく、長〜い立ち話と、ありえない相関関係(外様大名が急に吉良クラスの高家衆に(高家は完全血統主義なのに)配置替えになったり、公家が浪人を遊里で接待したりをギャグじゃなく、やる)のせいで、デタラメの"格"はガタ落ちで、バラエティ性も完全に霞んだ。
また、討ち入り自体が討ち死に覚悟の戦争なのが実際だが、現代人の後知恵視点で書いてるから、この物語は、討ち入り成功「確定」前提の上に、珍作戦が成り立っている。
(そもそも、幕末とかならいざ知らず、元禄時代は徳川幕府の中央集権がガチガチに確立されていて、藩が勝手に戦争できるような時代じゃありません。だからこそ当時、赤穂事件が異彩を放ったと思うのですが…)
註02…公演を宣伝するネットやフライヤーからは「仮名手本忠臣蔵」の文字が消えていたので、ホッとしてたのに…。あたしが「原作」の意味を取り違えているのかなあ。
<加筆> あとで気づいたんですけど、こちらの劇団のホームページで仮名手本忠臣蔵を「近松門左衛門原作」なんて言ってて…、コンセンサスも取れてなければ、どうやらそもそも根本的にご存じない方々だったらしい。熱吹く相手を間違えた…。ここであれこれ言えば言うほど、ロジハラになりかねないなと悟り、深追いはやめることにしました。いや、ちょっと乱暴なことを言って失礼しました。。
やはり「仮名手本忠臣蔵」について、ザルな解釈だったのでしょう。
註03…いわゆるおなじみの名場面アレコレの話。しっかし近頃の芝居や映像作品は、作家の手から手へ渡されてはぐくんだソッチではなく、だれもかれも、とかく赤穂事件をハナから題材にとってどうにかしようとする暴挙が目立つ。一方で歌舞伎も講談も見ていない?
古人曰く「型を会得した人間がそれを破ることを『型破り』というのであって、型のない人間がそれをやろうとするのは、ただの『かたなし』です。」
<附言>
※脚本くるみざわ しん氏は、この「忠臣蔵・破エートス/死」で、令和元年度の文化庁芸術祭の新人賞を受賞しています。
※三部作と言うことで2020年末「忠臣蔵・急 ポリティクス/首 義士の刃は将軍、そして天皇へ」というのがあったようです。
行ってませんが(いや?リモート上演?)、ネット上の感想を見ると
「300年間上演され続けている不屈の名作を、令和というに年に生で観られたことがうれしかった。」…て、ほらぁ、大勘違いしてる人が出ちゃってるじゃん。この人、ほか行って恥かきますよ(残念)。そう勘違いするってことは、それじゃあきっとまた「仮名手本忠臣蔵原作」って書いて撒いたのかな?
「女性だけで忠臣蔵を演じるなど、300年前には誰も想像すらできなかったであろう」…宝塚がやってるから大正時代には、すでに想像できたんじゃねえの?知らんけど。