註04…忠臣蔵友達からうかがってあとで知ったのだが、本作はやはり、戦意高揚映画を撮らなければいけない時代に監督は芸術家として納得できず、遂にネタとして妥協できたのが本作だったそうである。註04…溝口監督は戦意高揚映画を撮らなければいけない時代に、軍の「協力しないなら松竹を潰す」…みたいな勢いを前に、社長命令によってしぶしぶ着手した。のちに溝口は「映画って無常命令的に撮らされるべきでない」「誰もやらないから、やりました」と概略そのようにコメントを残している。<small>(「日本映画発達史 3」田中純一郎 中央公論社)</small>
「忠義と復讐と玉砕精神の賛美であるし、原作者の真山青果は大石内蔵助の朝廷への熱い忠誠心のために苦悩していたというエピソードまで付け加えている」監督は芸術家として納得できず、ようやくネタとして妥協できたのが本作だったようだ。 その結果、パンフレットでは「忠義と復讐と玉砕精神の賛美であるし、原作者の真山青果は大石内蔵助の朝廷への熱い忠誠心のために苦悩していたというエピソードまで付け加えている」と、うたって、軍への体裁は整えている。 特に象徴的なのが「第二の使者」という一篇。 劇中、大石内蔵助が「赤穂城は無くなるけど、江戸での[[浅野内匠頭|殿様]]の凶行について京都のみかどが赤穂浅野を同情してくれてるらしい」という情報を聞いて、「勿体なし」と、ハラハラ泣いちゃうのだが、これは原作にある青果の「皇国史観」であり、このシーンは日中戦争あたりでは感動され?戦後は猛烈な批判を浴びせられたらしい。<small>(映画『元禄忠臣蔵』パンフレットより)(季刊「歌舞伎」第二号 S.43)</small> そもそも青果の原作自体が「國民精神総動員」の思想的影響を受けており、だからこそ、企画が通ったのだろう。 結局この映画は興行的には失敗している。<small>(「日本映画発達史 3」田中純一郎 中央公論社)</small>
特に「第二の使者」という一篇が象徴的。「赤穂城は無くなるけど、江戸での[[浅野内匠頭|殿様]]の凶行について京都のみかどが赤穂浅野を同情してくれてるらしい」という情報を聞いて、大石内蔵助が「勿体なし」と泣いちゃう「青果の皇国史観」であり、日中戦争あたりでは感動され?戦後は猛烈な批判を浴びせられた<small>(季刊「歌舞伎」第二号 S.43)</small>シーンがある。溝口健二以前に、そもそも原作そのものが「國民精神総動員」の影響を受けているのではないか。