忠臣蔵松の廊下

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2010年6月10日 (木) 00:35時点におけるKusuo (トーク | 投稿記録)による版

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作品概要
制作会社 フジテレビ
公開年度 1978年
内蔵助役 −−−
評価 3ツ星

「ドリフ大爆笑」の5分くらいのコント。純粋におもしろい。


教えを乞うために加トちゃんの内匠頭が、去って行こうとする志村けんの上野介の長袴の裾を引っ張ってひっくり返す。しまいに刃傷に及ぼうとするが、通りがかった梶川与惣兵衛はその場を(まるで気づかないかのように)スルーするという単純に笑える天丼コント。


松の廊下コントが「大爆笑」で初お披露目されたのは1978年に左とん平の吉良と、志村けんの内匠頭バージョン(ほんとか?)だが、まだ笑いどころが定まらない感じで、廊下がなんとなく滑るので仲本工事の梶川与惣兵衛と3人でアイススケートのマネをしたり、いざ刃傷におよぼうとすると短刀が無くて、仲本が持ってきてくれるが木刀だった、というオチのゆるいものだった。

以降、何度か松の廊下をやってるようだが、上記の加トケン版(1979年)には神が降りており、後年、メンバーが選ぶ傑作選にも出てたし、ドリフターズ結成45周年番組でも再放送され、市販のDVDにも収録されてるらしいし、ことあるごとにひっぱりだされるほど愛されてる傑作コント。。


加トちゃんの内匠頭が刃傷におよぶのは志村上野介に「高木ブーでも、あの、あのいかりや長介でさえも女房がおるわい」とプライベートを揶揄されたのがキッカケ。いかりやと比べられるのはまだしも、高木ブーより劣ると言われたことが遺恨となった。

ここで興味深いのは志村けんの吉良が「36にもなって嫁はいるのか?」と問いかけたとき、加トちゃんの内匠頭は「いまだ参上つかまつりませぬ」と答える点。返答として日本語的にはおかしなセリフであり、そのほかにも「なにとぞ教えて願いたい」など侍言葉が出なかった加藤茶(自分は本当にものを知らないと公言している)のアドリブの限界かともイメージされ、その場で志村も「嫁が参上したりするかバカタレ」とつっこむが、実はこの「いまだ参上つかまつりませぬ」というセリフは言うまでもなく仮名手本忠臣蔵四段目における、切腹中の判官の「由良之助はまだか?」の問いに答える大星力弥の有名なセリフであり、歌舞伎ファンの加トちゃんがソレをとっさに引用したのだとすれば、意外に密度の濃いパロディになってるのかなとも伺える。

また、意識してるのかしてないのか、志村けんのセリフ回しは月形龍之介そっくりで、なにげない馬鹿げたコントも彼らの無意識の引き出しがクオリティを高くしている。


ちなみにこれが放送されたときのテーマは「戦争/闘い」で、このコントのあとに「巌流島」となっており、あろうことか梶川与惣兵衛はここで唐突に再登場して志村けんの佐々木小次郎を「殿中でござる!」とはがいじめにして怒られる。「傑作選」などでこの松の廊下コントが放映されるときはこの「巌流島」や、オリジナルにあった「頭がバカ&短足だから結婚できない」という身体的欠陥を吉良=志村がなじるくだりはカットになっている。


どういうわけかこの「神がかった」時だけ衣裳がいささかヘンで、カトちゃんは烏帽子かぶってるのに着物が長裃という具合。(意外に赤穂事件の新解釈かもしれない?)。

78年版や同番組で再演されたときはセリフも衣裳もちゃんとしている。ちなみに再演の時は「いかりや長介などは2度も結婚しておるわ!」というなじり方になっており、ドリフメンバーのプライベートの変遷が伺える。


蛇足だが「8時だヨ!全員集合」で同じコントをやったときはふたりとも直垂大紋に長袴。しかし烏帽子をかぶっていなかった。烏帽子をかぶらないで刃傷事件が起これば吉良の脳天は真っ二つなんだけど…(笑)。89年の森光子とのジョイント・コント番組の時も衣裳はちゃんとしてるが、劇中劇と言うこともあり、内容は軽く流しているかんじでそんなに笑えない。


また「ドリフ大爆笑」では討ち入りのコントもあり、吉良邸の前で太鼓を忘れた内蔵助(けん)に浪士のカトちゃんが「持ってきました」と言っては落語の出囃子の太鼓を叩いたりドラムマーチやお祭りの太鼓を叩いて内蔵助=けんを翻弄する。バンドマン加藤茶のドラム・テクが見もの。大騒ぎするので吉良(いかりや)や用人がバラバラと出てきてしまうんで二人は切腹してごまかす