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時代劇特別企画 忠臣蔵

サイズ変更なし, 2008年10月7日 (火) 00:36
編集の要約なし
すべて定石通りに史実のエピソードは進むが、全部の視点やセリフが違う。同じ行動でも視点を変えることによってまったく違うものが見えてくるから面白いし、なにより意外とつじつまが合っている。
知るかぎり、城明け渡しの際に江戸本社から下見聞に来た荒木十郎右衛門らの前に大石内蔵助が土下座して浅野家再興を嘆願するシークエンスがドラマに表現されてるのはNHK大河ドラマの他にはこの作品しか知らない。で、同じ土下座でも見え方がかなり違う。「大河」では熱く必死に見えるのに対し、たけし版の土下座はひじょうに滑稽でなさけない。知るかぎり、城明け渡しの際に江戸本社から下見聞に来た荒木十郎右衛門らの前に大石内蔵助が土下座して浅野家再興を嘆願するシークエンスがドラマに表現されてるのはNHK大河ドラマの他にはこの作品しか知らない。で、同じ土下座でも見え方がかなり違う。「大河」では熱く必死に見えるのに対し、たけし版の土下座はひじょうに滑稽でなさけない。それとか「元禄繚乱」などでは内蔵助は「何百石取りの連中が霞のように消えていったのに禄高の低いおまえたちががんばってる姿を見ると身が引きしまるぞ」などと浪士たちにエールを送るのに対して、たけしは最初の東下りで江戸のメンツを見て「なぁんだ。金の無いものばかりではないか」という。浪士の原動力は忠誠心なのか食い詰めてのやけくそなのか、異様なリアリティで考えさせられる。
あと特徴的なのは後世にいろいろ研究されて明らかになった事実や、憶測されたあれこれがドラマ構成に大胆に取り入れられてること。ふつうは「脇差しは突くものです。それを殿はうちわのように振り回した。発狂したとしか思えない」なんて家老は言わない。討ち入りのときに屋根から降り損なって打撲した義士は存在したが、ふつう描かない。討ち入りを見物したともされている宝井其角を本当に見物させない。討ち入りは浪士のワンサイド・ゲームだったことも。劇中に犬のクソも踏むシーンなど出てこない。かっこ悪い史実はふつう映像化しないのに、このドラマはそれらをやっている。(のちにジェームス三木の「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」が近いことをやっている)

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