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註01…東映としては同年公開の「日輪」につぐ2作目。カラー作品の黎明期とあって、松田定次監督は洋画家の和田三造(衣笠貞之助監督「地獄門」註01…"色彩映画(総天然色イーストマン東映カラー)"は、東映としては同年公開の「日輪」につぐ2作目。カラー作品の黎明期とあって、松田定次監督は洋画家の和田三造(衣笠貞之助監督「地獄門」(53)色彩指導)を迎えて色を見てもらったという。また、衣裳は溝口健二監督作品の衣裳をやった日本画家の甲斐庄 楠音(かいのしょう ただおと)に見てもらっているなど、色の達人の力を借りている。。
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また、戦後(この4年前)の[[赤穂城/続赤穂城|「赤穂城」]]のときは配役に苦慮したと言うが、今回本作を作るに当たって、忠臣蔵を構成するのに十分な配役を東映が組めるようになった、とプロデューサーのマキノ光雄が喜んでいる<small>(近代映画 臨時増刊 S31 no.133)</small>。いろいろな意味で記念碑的なポジションにある作品。。 大川博社長は本作を「この映画を、普通制作の枠外に組んで、悠々と製作を続け、大衆娯楽篇の決定版とするつもりである」<small>(喜多方シバタ映画劇場のチラシ)</small>と、位置づけており、鼻息も荒い。いろいろな意味で記念碑的なポジションにある作品。
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画像:kindaieiga_zokan_ar01.jpg|東千代之介は内匠頭が終わった後「忍法左源太」の扮装。<small>(近代映画 臨時増刊 S31)</small>
画像:style_book.jpg|東映専門の映画館になった喜多方シバタ映画劇場の発行物。
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東千代之介は、白いドーランを塗ると、髭の濃いのがうっすら浮かんでくるんで困ったり、ともかく、モノクロ時代には気を使わなかった、役者衆の顔のシミやなんかが、課題になっていたようだ。。