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ショウ マスト ゴー オン 幕をおろすな

4,946 バイト追加, 2025年12月20日 (土) 15:32
編集の要約なし
三谷幸喜、作、演出の喜劇。
初演は1991年の本多劇場(下北沢)。翌年フジテレビで放送されたテレビ版で忠臣蔵が関連する。 初演は1991年の本多劇場(下北沢)。その翌年にフジテレビで放送されたテレビ版で忠臣蔵が関連する。
オリジナル(舞台版)のストーリーは、寿命が危ない老役者の舞台をサポートすべく、裏方や共演者がてんやわんやする話で、付け焼き刃な対策が作家の意図しない方向へどんどんと作品を変えていく。劇場版とテレビ版のいいとこ取りが三谷幸喜初映画監督作品の「ラヂオの時間」と言えるかもしれない。「手は、ある!」というセリフが踏襲されている。 オリジナル(舞台版)のストーリーは、寿命が危ない老役者の舞台をサポートすべく、上演中に裏方や共演者がてんやわんやする話で、場当たり的で付け焼き刃な対策が、作家の意図しない方向へどんどんと作品を変えていくのが面白い見どころ。
勝手に作品を変えられた作家が「どうして言ってくれないのかなー。言ってくれたら、ボク、自分で直したのになーっ」と悲痛に(そして滑稽に)叫ぶシーンが他人事とは思えませんでした。なにせテレビのオンエアを見たらCG屋さんが黙って[[もりいくすお|あたし]]の絵を描き変えてたなんてことが日常茶飯事なので(^∇^; )。劇場版とテレビ版のいいとこ取りが、三谷幸喜初映画監督作品の「ラヂオの時間」と言えるかもしれない。「手は、ある!」というセリフも踏襲されている。
舞台版は1994年の紀伊國屋ホールのを中継番組で見たが、喜劇暗黒時代のビミョーな時代背景(この頃の和製コメディの多くはわざとらしいばっかりでホントにおもしろくない)なのにすごく笑える。 勝手に作品を変えられた作家が「どうして言ってくれないのかなー。言ってくれたら、ボク、自分で直したのになーっ」と悲痛に(そして滑稽に)叫ぶシーンが他人事とは思えませんでした。<small>(註01)</small>
テレビ版は劇中劇の「マクベス」をお茶の間向きに「忠臣蔵」に変えており、そのことがとりもなおさず、本コーナーで作品を取り上げようと思ったキッカケでもありますが、メインである「老役者をバックアップする」というプロットは無くなって、純粋に舞台裏で起こるアクシデントだけに的を絞って簡潔に整理して構成しなおされてます。 舞台版は1994年の紀伊國屋ホールのを中継番組で見たが、喜劇暗黒時代のビミョーな時代背景(全般的に、この頃の和製コメディの多くはわざとらしいばっかりでホントにおもしろくない)なのにすごく笑える。
それでもてんやわんやのストーリーはおもしろいのですが、このドラマの監督(演出家?)さんがあんまりテンポがよくない。用意されたギャグシークエンスは秀逸なのに、それらがテンポよくつなぎ合わされていない。あと数フレーム早くカットしてれば笑えるのに、みたいなじれったさが常につきまとう。
また登場人物の個性も変わってしまっており、たとえば無愛想で滑稽なキャラクターはただの怖い人になってて笑いの要素が一切消えてしまってていろいろともったいない。 テレビ版は劇中劇の「マクベス」を、お茶の間向きに「忠臣蔵」に変えており、そのことがとりもなおさず、本コーナーで作品を取り上げようと思ったキッカケでもありますが、メインである「老役者をバックアップする」というプロットは無くなって、純粋に舞台裏で起こるアクシデントだけに的を絞って簡潔に整理して構成しなおされてます。
このころの三谷幸喜がテレビ用の脚本に慣れてなかったのか、監督の腕前の問題なのか、'''すごくしろうと臭い'''(好感は持てるけど)出来であります。 それでもてんやわんやのストーリーはおもしろいのですが、編集なのか演出なのか誰のせいなのか、喜劇の映像としてはあまり出来が良くない。「笑い」に必要な呼吸が編集によってカタチになっていないのだ。用意されたギャグシークエンスは秀逸なのに、うまくつなぎ合わされておらず、あと数フレーム早くカットしてれば笑えるのに、みたいなじれったさが常につきまとう。
あと、どういう事情なのか、びっくりするほど(じゃっかんイラッとするほど)出演者に'''美人がいない'''というのも特筆すべき特徴。(補足:コレ執筆後、古くからの三谷ファン〜漫画家けらえいこ夫妻〜にうかがったら、このドラマは当時の東京サンシャインボーイズの劇団員で出演者が構成されており、いろいろしょうがない旨、概略ご説明いただいた。)。 また登場人物の個性も変わってしまっており、たとえば西村雅彦が演じる舞監は、オリジナルもTV版も極めて無愛想なのだが、彼のバックグラウンドが示されるぶん、舞台のほうは笑える。が、テレビ版だと、「ただの怖い人」になっててもったいない。
 このころの三谷幸喜がテレビ用の脚本に慣れてなかったのか、テレビスタッフの腕前の問題なのか、時代なのか'''すごくしろうと臭い'''(好感は持てるけど)出来なのであります。
舞台版を見ると「ああ、三谷幸喜ってもうこの頃ですでに完成してるんだなあ」と感心するのに、テレビ版を見ると「ああ、三谷幸喜って若いころはまだこんな感じだったんだあ」と、感想がかなり変わってしまう。 あと、「ここはイイ女がキャスティングされるべきだろう」というポジションでびっくりするほど'''適役が不足している'''。(もりい個人の感想です。このドラマは当時の東京サンシャインボーイズの劇団員で出演者が構成されているようなので、これはいろいろ限界があったのかなと…)。
 舞台版を見ると「ああ、三谷幸喜ってもうこの頃ですでに完成してるんだなあ」と感心するのに、テレビ版を見ると「ああ、三谷幸喜って若いころはまだこんな感じだったんだあ」と、感想がかなり変わってしまう。
さて、肝心な劇中劇の忠臣蔵ですが、「ブラボー忠臣蔵」というアバンギャルドなものにアレンジされてる設定なので、それがツッコミどころの免罪符になっており、もう自由でいいわけでして、忠臣蔵であって無いような感じになっておりました。この本を書くに当たって、三谷幸喜はあらためて忠臣蔵を研究するようなことはしてないんじゃないかと思います。<small>(註01)</small>
ンま、それでもあえて突っ込むなら吉良のセリフにある「わしにはお上がついている!」コレは「お上」より「上杉十五万(or三十万)石」のほうがイイですね。お上からは見放されたことで有名なので。
江戸の一大事の手紙を受け取った内蔵助が「殿が亡くなられた!お家断絶の再興の望みも断たれた今、赤穂の塩は粗塩となって瀬戸内の海に流れて行くわいなあ」ってセリフはあまりにもめちゃくちゃで逆に爆笑しました(笑)。 さて、肝心な劇中劇の忠臣蔵ですが、「ブラボー忠臣蔵」というアバンギャルドなものにアレンジされてる設定なので、それがツッコミどころの免罪符になっており、もう自由でいいわけでして、忠臣蔵であって無いような感じになっておりました。この本を書くに当たって、三谷幸喜はあらためて忠臣蔵を研究するようなことはしてないんじゃないかと思います。<small>(註02)</small>
前述のけら夫妻は、セリフにはすべてにおいて三谷幸喜の目が光ってると言っていたが、上記のセリフはあるていど役者まかせの野放しではないかと推測…するんだけど、わざとかなぁ。 ンま、それでもあえて突っ込むなら吉良のセリフにある「わしにはお上がついている!」コレは「お上」より「上杉十五万(or三十万)石」のほうがイイかもですね。お上からは見放されたことで有名なので。(どっちでもいいや)
 江戸の一大事の手紙を受け取った内蔵助が「殿が亡くなられた!お家断絶の再興の望みも断たれた今、赤穂の塩は粗塩となって瀬戸内の海に流れて行くわいなあ」ってセリフはあまりにもめちゃくちゃで、これは逆に爆笑しました(笑)。<small>(註03)</small>
ともかく三谷幸喜が忠臣蔵を'''取り上げてくれたことがまずうれしい'''のでなんでもアリ。
 ともかく三谷幸喜が忠臣蔵を'''取り上げてくれたことがまずうれしい'''のでなんでもアリ。
註01…とはいえ88年だか89年に「大忠臣蔵」って言うのを書いてると某サイトで見かけたし、09年秋のJ-waveの番組で清水ミチコ氏に忠臣蔵の魅力を説いて聞かせているので、もともとくわしいと見受ける。
ただ2014年の舞台「[[吉良ですが、なにか?]]」のパンフレットで古くから東京サンシャインボーイズに携わってる阿南健治氏(「ショウ・マスト・ゴー・オン」では大石内蔵助)が、「[[吉良ですが、なにか?]]」までは三谷氏は本格的に忠臣蔵はやってないとコメントしてらっしゃる。-------
註01…イラストレーターのもりいには、納品した作品が、テレビのオンエアを見たらCG屋さんが断りもなしに、絵を描き変えてた…なんてことが日常茶飯事。ちなみに「ラヂオの時間」はテレビのヒットドラマ「振り返れば奴がいる」で自分のシナリオを現場で変えられていくショックから作った1993年の演劇がそもそもだというから、この頃は常に「そのような」フラストレーションにさらされていたのかもしれない。
註釈02…「殿が亡くなられた!お家断絶の再興の望みも断たれた今、赤穂の塩は粗塩となって瀬戸内の海に流れて行くわいなあ」…内蔵助が手紙で殿様の死を知った段階では「再興」に「望み」をかけるのは、未来の話しであり、この台詞のおかしさをたとえるなら「夜が明けた!もう日が暮れたから…」というちぐはぐ。
註02…三谷先生は「忠臣蔵」好きなんだろうな的なアレコレ。↓
日本史好きなことは公言していらっしゃるが、赤穂事件に関しては少し、ヒイキしてくれてる気がする、そんなアレコレがある…。
== 加筆 ==1994年の刑事ドラマ「古畑任三郎」の犯人(クイズ王)は、衣装部屋で四十七士の衣裳を、ご丁寧にあいうえお順に並び替えて整頓したことが、足がつくキーのひとつになっている。注目すべきは、その衣装を扱うお針子さんの台詞に「[[赤埴源蔵|赤埴(あかはに)源蔵]](の衣裳)ある?」というのがある。ドラマなら赤垣(あかがき)源蔵といってはばかることがないのに、わざわざ「あかはに」というセリフを書いてるところにこだわりを感じる。(ちなみに犯人のクイズの対戦相手の名前は[[堀部安兵衛|堀部靖子(ほりべやすこ)]]である) 要確認事項ではあるが、先生が2004年の大河ドラマ「新選組!」をおやりになる際、じつは企画会議で初めは忠臣蔵をご提案になったとか、某TVディレクターさんからうわさを伺った。銘々伝を毎回やれば放送回が埋まるというコンセプトだったとか?(なんでボツに?) 2009年秋のJ-waveの番組で清水ミチコ氏に忠臣蔵の魅力を説いて聞かせていらした。 2014年の舞台「[[吉良ですが、なにか?]]」のパンフレットで古くから東京サンシャインボーイズに携わってる阿南健治氏(「ショウ・マスト・ゴー・オン」では大石内蔵助)が、「[[吉良ですが、なにか?]]」までは三谷氏は本格的に忠臣蔵はやってないとコメントしてらっしゃるので、機会を捕まえて三谷先生ご本人にうかがったら「日大の後輩のために、ちょっと書いたことがあります」ということで、昔ネットで見かけた88年だか89年の「大忠臣蔵」って言うのが、たぶんソレらしい。 同年秋に公開してヒットした「清須会議」についてのインタビュー([http://www.cinematoday.jp/page/N0058825 シネマトゥデイ])で三谷幸喜は、忠臣蔵はいろんな切り口があると語っていらっしゃる。 2015年1月に放送された「フジテレビ開局55周年特別企画 オリエント急行殺人事件」において、三谷氏はお家断絶。散り散りになる仲間。仇討ちのための集合。殺人計画の暗躍。「いつになったら実行するのよ!」あげくに「討ち入り前の血判状」というセリフまで飛び出し、忠臣蔵度を高く描いた。 2020年秋にアマゾンプライムから配信した三谷先生作のコメディ「誰かが、見ている」#2の冒頭エピソードで、香取慎吾演じるド天然の主人公がバイトで働く撮影所にも忠臣蔵が出てきて、吉良上野介に扮した西田敏行が迷惑をしている。先生はもともとお詳しいし、さらにお好きだとお見受けしました。    註03…「殿が亡くなられた!お家断絶の再興の望みも断たれた今、赤穂の塩は粗塩となって瀬戸内の海に流れて行くわいなあ」…内蔵助が手紙で殿様の死を知った段階では「再興の望みが絶たれる」のは、かなり未来の話しであり、この台詞のおかしさをたとえるなら「夜が明けた!もう日が暮れたから…」というちぐはぐ。  そのことは「時間稼ぎ」こそがキーになっている「忠臣蔵」において、討ち入りを1年10ヶ月も引き伸ばす、「お家再興」という恰好の材料を冒頭で捨ててしまうことになり、いまの三谷先生ならこんなことはしないのでは?と思う。    <附言>
2018年夏、映画「カメラを止めるな!」のヒットを受けてか、このページのアクセス数があがった。
ナマで動いている芝居を、止めないように裏方が四苦八苦するプロットは似ているが、性質や制作された時代が違うので、両作品(<ショウマスト…についてはTV版を言及)を比べて云々できないし、するのも野暮かと思うが、映像表現として観客に「見せる」という作業をする上での、心構えや丁寧さ、そもそもシンプルに笑う回数は、「カメとめ」が圧倒的。
 
映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットや、ジャニー喜多川氏の訃報を受けても、このページのアクセスが上がる。
 
 
なお、2025年の秋の松竹創業百三十周年 吉例顔見世大歌舞伎に於いて、三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン) 幕を閉めるな』が上演されている。
 
「義経千本桜」の上演中のお話。
 
出演は松本幸四郎、片岡愛之助、中村獅童、坂東彌十郎、中村鴈治郎ほか。
 
 
さらに似たプロットで、2025年放送のフジテレビ系のドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』にも、演者が出かけてて芝居に間に合わないシチュで"時間引き伸ばし"作戦にてんやわんやする裏方が「手は、ある!」というセリフを吐いて、がんばっている。
 
上記の「ショウ マスト ゴー オン 幕をおろすな(TV版)」と、同じことが言えるのだが、この手の話が、書いた三谷幸喜じゃない人の演出になると、とたんに「時間稼ぎ」のシーンに違和感が生じる。
 
台詞の掛け合いと「尺」まで、いっしょに演出できないと、ごまかしてる間のランニングタイムは「とうてい間に合わない」シーンになるようだ。
 
 
 
== 三谷幸喜の忠臣蔵関連作品 ==
 
* [[PARCO歌舞伎 決闘!高田馬場]](2006)
 
* [[吉良ですが、なにか?]](2014)