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オリジナル(舞台版)のストーリーは、寿命が危ない老役者の舞台をサポートすべく、裏方や共演者がてんやわんやする話で、付け焼き刃な対策が作家の意図しない方向へどんどんと作品を変えていく。劇場版とテレビ版のいいとこ取りが三谷幸喜初映画監督作品の「ラヂオの時間」と言えるかもしれない。「手は、ある!」というセリフも踏襲されている。 オリジナル(舞台版)のストーリーは、寿命が危ない老役者の舞台をサポートすべく、上演中に裏方や共演者がてんやわんやする話で、場当たり的で付け焼き刃な対策が、作家の意図しない方向へどんどんと作品を変えていくのが面白い見どころ。 劇場版とテレビ版のいいとこ取りが、三谷幸喜初映画監督作品の「ラヂオの時間」と言えるかもしれない。「手は、ある!」というセリフも踏襲されている。
(附言)<附言>
編集の要約なし
勝手に作品を変えられた作家が「どうして言ってくれないのかなー。言ってくれたら、ボク、自分で直したのになーっ」と悲痛に(そして滑稽に)叫ぶシーンが他人事とは思えませんでした。<small>(註01)</small>
1994年の刑事ドラマ「古畑任三郎」の犯人(クイズ王)は、衣装部屋で四十七士の衣裳を、ご丁寧にあいうえお順に並び替えて整頓したことが、足がつくキーのひとつになっている。注目すべきは、その衣装を扱うお針子さんの台詞に「[[赤埴源蔵|赤埴(あかはに)源蔵]](の衣裳)ある?」というのがある。ドラマなら赤垣(あかがき)源蔵といってはばかることがないのに、わざわざ「あかはに」というセリフを書いてるところにこだわりを感じる。(ちなみに犯人のクイズの対戦相手の名前は[[堀部安兵衛|堀部靖子(ほりべやすこ)]]である)
要確認事項ではあるが、先生が2004年の大河ドラマ「新選組!」をおやりになる際、じつは企画会議で初めは忠臣蔵をご提案になったとか、某TVディレクターさんからうわさを伺った。銘々伝を毎回やれば放送回が埋まるというコンセプトだったとか?(なんでボツに?)
2009年秋のJ-waveの番組で清水ミチコ氏に忠臣蔵の魅力を説いて聞かせていらした。
2020年秋にアマゾンプライムから配信した三谷先生作のコメディ「誰かが、見ている」#2の冒頭エピソードで、香取慎吾演じるド天然の主人公がバイトで働く撮影所にも忠臣蔵が出てきて、吉良上野介に扮した西田敏行が迷惑をしている。先生はもともとお詳しいし、さらにお好きだとお見受けしました。
2018年夏、映画「カメラを止めるな!」のヒットを受けてか、このページのアクセス数があがった。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」のヒットや、ジャニー喜多川氏の訃報を受けても、このページのアクセスが上がる。
なお、2025年の秋の松竹創業百三十周年 吉例顔見世大歌舞伎に於いて、三谷かぶき『歌舞伎絶対続魂(ショウ・マスト・ゴー・オン) 幕を閉めるな』が上演されている。
「義経千本桜」の上演中のお話。
出演は松本幸四郎、片岡愛之助、中村獅童、坂東彌十郎、中村鴈治郎ほか。
さらに似たプロットで、2025年放送のフジテレビ系のドラマ『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』にも、演者が出かけてて芝居に間に合わないシチュで"時間引き伸ばし"作戦にてんやわんやする裏方が「手は、ある!」というセリフを吐いて、がんばっている。
上記の「ショウ マスト ゴー オン 幕をおろすな(TV版)」と、同じことが言えるのだが、この手の話が、書いた三谷幸喜じゃない人の演出になると、とたんに「時間稼ぎ」のシーンに違和感が生じる。
台詞の掛け合いと「尺」まで、いっしょに演出できないと、ごまかしてる間のランニングタイムは「とうてい間に合わない」シーンになるようだ。