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差分
編集の要約なし
{{Cinema|制作=松竹|公開=1961|内蔵助=市川猿之助|星=2|頃=}}[[画像:zen_kana.jpg|thumb|ポスター。]]
== 前編 假名手本忠臣蔵 前編 ==
[https://www.city.ako.lg.jp/edu/shougai/shishitosyo.html 赤穂市が出してる大資料「忠臣蔵 五巻」]<small>註01</small>には本作について「大忠臣蔵を改題して前編として」いるには本作について「大忠臣蔵を改題して前編として」いるとあるが、そんなシンプルなことではなく正確には、再編集して2作品に分けております。<small>註02</small>とあるが、そんなシンプルなことではなく正確には、再編集して2作品に分けております。
すなわち、おかる勘平がどれほど仲が良いかのエピソードや、バンジュン出演シーンなどをバッサリとカットして、大石東下りでエンドマークにし、少し残ったやつを新たに撮った[[荻生徂徠]]エピソードにちりばめて、2本見てちょうどいいランニングタイムにしている。エピソードにちりばめて続編として、2本見てちょうどいいランニングタイムにしている。
だけど、オチがないから星2つ。(大石東下りでエンドマーク、びっくりしたわ。)
続編をムリしないでこのまま討ち入るわけにはいかなかったのだろうか…。
<附言>
{{Cinema|制作=松竹|公開=1962|内蔵助=市川猿之助|星=2|頃=}}[[画像:gisisimatsuki.jpg|thumb|女子の前髪タップリだし島田正吾は総髪だし、壬生義士と間違える人も出そうなポスター。てかカツラと胴体は合成くさい。]]
<あらすじ>
そんなおかつは、実は[[間喜兵衛]]が深川芸者に産ませてしまった私生児であるが(喜兵衛さんは出てこないが、とんだ引き合いに出されたものです。)、自分が間家の身内であることは家名のために世間に伏せていた。
おかつをほんとうの姉と慕っていた[[間新六郎|新六]]は、胸に秘めた討ち入りのハナシを姉にすることも出来ず「卑怯な腰抜け侍」と軽蔑され、姉弟の縁を切られてしまう。
(これに、ついでのように、別シーンで川津祐介([[中村勘助]])と岩下志麻(おしま)の仲のいいところも挟まれるが、ストーリーラインに関係ない。売り出したい若手をグイグイ入れてる。でもポスターで岡田と岩下は同格みたいな扱いでレイアウトされている。)と岩下志麻(おしま)の仲のいいところもアクセントとして挟まれるが、ストーリーラインに関係ない。売り出したい若手をグイグイねじこんでる。でもポスターで岡田と岩下は同格みたいな扱いでレイアウトされている。<small>註01</small>)
ネタバレしますが
なんで作ったんだろう。
Wikipediaによれば、岡田茉莉子は有馬稲子(本作の[[瑤泉院]])と「二枚看板」と言われているが、オリジナルの「大忠臣蔵」が公開当時は、岡田茉莉子は東宝映画在籍だったので不在だった。<small>註02</small>
その後に松竹と契約し、小津映画などで活躍した岡田(や、新人の岩下)を、松竹がフィーチャーしようという狙いは、ほんとうにあったのかも。
製作:白井和夫/脚本:野村南海男/監督:大曽根辰保
註01…岩下志麻はこの映画公開の前年にデビューしたそうで(とはいえプレスリリースには「トップスター」とうたっている。ちなみに岡田は「人気最高」で島田は「新国劇の王者」)、本作ではほとんど台詞も無いのに、たしかに出てきた3場面は強烈な印象を残す。
註02…いやでも、オリジナル公開当時の1957年は「東宝との契約問題で話題を集めた岡田茉莉子が大映に初出演」と、映画「[[刃傷未遂]]」(大映映画)のロビーカードにある。いろいろお転婆なエピソードがありそうですわい。
あーもう、「秋日和」観たくなっちゃったい。見よ。
(加筆)↑「契約問題で話題」の件ですが、岡田さんはデビューからずっと東宝と契約していたが、松竹京都の「大江戸出世双六」(主演:高田浩吉)に他社出演するよう会社から"強要"され、めっちゃ抵抗したらしい。「わたしにとっては初めての他社出演だし、それなら余計に意義のある作品に出たい。時代劇は似合わないし…」記事を読むと東宝側がすごく説明不足の様子。1956年11月いっぱいで契約が切れたあと、松竹に移籍したようでございます。<small>(「芸能画報」1月号第5巻第1号 国際写真通信社)</small>
== 関連作品 ==
* 「[[通し狂言 仮名手本忠臣蔵]]」…原案、原作となる人形浄瑠璃および歌舞伎