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[[画像:double_edge.jpg|thumb|チラシ]]
理由は、死ぬのがイヤだから。
悪いことに、あたしがこのお芝居を鑑賞する近辺で山本博文先生の「殉死の構造」を読んだばっかりだったし、このところBS松竹東急で[[大忠臣蔵(NET)|「ミフネ版」]]の再放送で毎日、討ち入りにまっしぐらな赤穂浪士たちの筋の通ったやり取りを見ているせいで、すっかり没我や献身に重きをおく武士道精神に納得しちゃってたものだから、この芝居の主人公の内蔵助がどうして命を惜しがってるのかが、もうひとつピンとこなかった。いや、もちろん令和時代に成城学園の芝居小屋でカツラつけて「死にたくない」って言ってる若い役者さんの気持ちなら「でしょうね」と、理解できるけど。それとこれとは別でしょう?の再放送で毎日、討ち入りにまっしぐらな赤穂浪士たちの筋の通ったやり取りを見ているせいで、すっかり没我や献身に重きをおく武士道精神に納得しちゃってたものだから、この芝居の主人公の内蔵助がどうして命を惜しがってるのかが、もうひとつピンとこなかった。いや、もちろん令和時代に成城学園の芝居小屋でカツラつけて「死にたくない」って言ってる若い役者さんの気持ちとしてなら理解できるけど 笑。
お家大変の前まで昼行灯をあだ名された大石は、討ち入りすることが決まっても逃げたい気持ちがいっぱいで、腰ぬけの筋がブレずに一本通ってるだけに、じゃあどうして討ち入りがイヤなのにこの人は逐電しないんだろうと思うし、みんなに押し切られてしまう流されやすいタイプだというのだが、じゃ逆に家来家臣たちはどうしてこんなヘタレを頭領としていつまでも執着しているのだろう?