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(※01)・・・NHK「戦後史証言プロジェクト」で紹介された昭和57年リリース「ユリイカ (※註01)・・・NHK「戦後史証言プロジェクト」で紹介された昭和57年リリース「ユリイカ s58年2月号」で巖谷國士氏との対談より。(うへーっ奇しくも巖谷國士さんは先述「こがね丸」の巖谷小波先生のお孫さん)
(※02)・・・コンテを渡してたのは事実らしいが手塚先生の自伝的記録には「出来上がりはボクの考えていたのとまるっきり違っていた」と語っていたと言う。もうわかりましぇん。(※註02)・・・コンテを渡してたのは事実らしいが手塚先生の自伝的記録には「出来上がりはボクの考えていたのとまるっきり違っていた」と語っていたと言う。もうわかりましぇん。<small>(少年画報社「鉄腕アトムの歌が聞こえる ~手塚治虫とその時代~」要確認)</small>
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この「'''予想'''」の成否はともかく、儒教的な忠誠心だけでストーリーを組み立てるのは手塚先生の芸風ではないかもですね。
そもそも先生は「勧善懲悪のハナシは描かない」と明言してらっしゃるそうです<small>(※01)(※註01)</small>。善悪という二元的な捉え方はあたかもその間に境界線があるようだが、人間の善と悪とは行ったり来たりする…というお考えだったようなので。
そこへいくと勧善懲悪の取り締まりみたいな「忠臣蔵」という題材で、過去に「西遊記」('60)の時に東映との間でヒューマン・リレーションの上でそうとう懲りた先生が、過去10年に何本も忠臣蔵を撮って、いわばお家芸的にしちゃってる?東映さんと仲良く最後までこのプロジェクトに付き合えるとはとうてい思えない。
内容について「忠臣蔵」と「こがね丸」(巌谷小波・作)をミックスして無国籍的にしたとか、カットされた場面にはペットショップで知りあった恋人(恋犬?)同士の別れに「あたしゃ売られていくわいな」という仮名手本忠臣蔵(ていうかドンドン節)のパロディもあった、など貴重なお話が読めます。
とにかく手塚先生は現場に足を運ぶことはなかったものの、遅筆ながらラフコンテで内容をコツコツ提出し、アニメ担当はソレを元に脚本を書いて、絵コンテにして映画にしたとか。だからこの作品は堂々とした「手塚治虫原案」でありますわい。<small>(※02)(※註02)</small>