元禄忠臣蔵の女たち

2025年12月23日 (火) 12:32時点におけるKusuo (トーク | 投稿記録)による版

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作品概要
制作会社 和塾
公開年度 1952年
内蔵助役 ---
評価 2ツ星


公開当時のチラシ

演劇集団「和塾」公演。


吉良上野介にぞっこんの富子の苦悩」「小野寺十内のおしどりぶり」「可留の妾宅」「堀部家の人びと」(※各タイトルは、もりいが勝手につけてます)

・・・といった4本立てのエピソードが、オムニバス形式で綴られる約1時間45分。

だから、タイトルからは「女たちの忠臣蔵」を思わせますが、実際にはどちらかというと「女と男の忠臣蔵」といった趣きの作品でした。

さらに言うと、新歌舞伎「元禄忠臣蔵」とも無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品です(忠臣蔵ではない系)。


各話の合間合間に登場する狂言回しの妙海が、メタ的にMCやってるんですが、演じてらっしゃるのはこの和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃいます。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。

彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞をおっしゃっている。

それをあらかじめ許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。

一般を相手にしている商業演劇ではなく、ファンミに近い空間なのである。


で、この妙海はみんなよりも年上だし、堀部親子のエピソードは別にあるし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!

20〜30代の役だったのである!(ちなみにサチと腹違いのお順…という設定)

70歳オーバーのお軽のつわりもあり、様式として見る前提はもちろんかまわないのだが、こと妙海については、年齢の問題というより、役の設定が最後まで共有されなかった点で、正解を出すのが遅すぎたのではないかと感じた😅。


台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目でした。

オムニバスなんで全体としての盛り上がりがあるわけでもなく、さながら、4時限目までの授業に出席したかんじ。


まじめなので冗談(学校の先生が無理してる感じ)がひとつも機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。

笑いが大きく用意されているのは「可留の妾宅」。コメディリリーフは小作の母と娘。この幕は大きく目立つ。

おもしろシーンが笑えなかったせいで、無学でおっちょこちょいの村娘が、コメディリリーフとして成立しきれない上に、"元気でハキハキしている"以外に設定上の魅力もないので、"素朴でかわいい"というよりも"シンプルにみじめ"。

また、彼女が矢頭右衛門七(大石に会いに、自宅ではなくなぜかこの家に来る)に淡い恋心を抱き(一目惚れ)、右衛門七がそれにつきあうシーンについても、なんで彼が時間を割いているのかが伝わってこず、どこか"介護支援"みたいに見えてしまった…。

もちろん、奉公に出されるのか身売りされるらしいので(台本上そこをハッキリ言わない)、その不幸な境遇を汲み取り、同情したという読み方が正解なのだろうが、それは観客側でイメージを用意しなくてはならない。

右衛門七も右衛門七で、ほんとはその村娘と同じくらいの年ごろならビジュ的に関係も成立しそうなものだが、ふつうに元服した武士のこしらえで、役者も壮年層なので、いよいよ二人の感情の温度差が際立ってしまう。


ことほど左様に、役者(あるいは脚本や演出)の実年齢が随所で微妙な違和感を醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「みんな現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだろうと踏んだ。


男女の仲睦まじい人間模様を、いくつも丹念に描いた末に

「浅野の“遺恨これあり”とは、いったい何だったのでしょう。これからも、色とりどりの忠臣蔵が映し出されていくことでしょう」

…と、どこか社会派然としたまとめで幕を閉じます。(※台詞は、もりいの不完全な再現です)