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元禄忠臣蔵の女たち

802 バイト除去, 2026年1月3日 (土)
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{{Cinema|制作=和塾|公開=19522025|内蔵助=---|星=2|頃=}}
[[画像:genroku_onnatachi.jpg|thumb|公開当時のチラシ]]
・・・といった4本立てのエピソードが、オムニバス形式で綴られる約1時間45分。
だから、タイトルからは「タイトルからは「[[東芝日曜劇場 女たちの忠臣蔵〜いのち燃ゆる時〜|女たちの忠臣蔵]]」を思わせますが、実際にはどちらかというと「」的なニュアンスを思わせますが、「[[女と男の忠臣蔵]]」といった趣きの作品でした。」といったほうが似合うおもむきのお芝居。
さらに言うと、新歌舞伎「また、新歌舞伎「[[元禄忠臣蔵]]」とも無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品です(忠臣蔵ではない系)。」とは無関係で、要は”赤穂事件いじり”の作品(つまり忠臣蔵ではない系)。
各話の合間合間に登場する狂言回しの[[妙海尼|妙海]]が、メタ的にMCやってるんですが、演じてらっしゃるのはこの和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃいます。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。が、メタ的にMCやってらっしゃるのだが、演じるは、この和塾主催の和田幾子さん(82歳でいらっしゃる。前進座でいらっしゃったよしみでこのタイトルなのかも)。
彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞をおっしゃっている。彼女が、手元のカンペ(経本の体裁を取っている)を見ながら、つっかえつっかえ台詞を進める。
それをあらかじめ許容する空間にお邪魔しているのだと理解するのに、少し時間がかかった。
で、この妙海はみんなよりも年上だし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!で、この妙海はみんなよりも年上だし、堀部親子のエピソードは別にあるし、どういう設定なんだろう?と思ってたら、最後の最後に堀部弥兵衛に「おちちうえ!」みたいなことを言うんでびっくり!
20〜30代の役だったのである!(ちなみに[[ホリ|サチと腹違いのお順]]…という設定)
台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目でした。まるで、大真面目な小学校の先生のよう。台本そのものは、とても丁寧で、優しく、真面目。
オムニバスなんで全体としての盛り上がりがあるわけでもなく、さながら、4時限目までの授業に出席したかんじ。
まじめなので冗談がひとつも機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。
笑いが大きく用意されているのは「[[可留]]の妾宅」。コメディリリーフは小作の母と娘。この幕は大きく目立つ。まじめなので、冗談があんまり機能せず、「ここは笑いどころですよー」という場面で、客席がシン…となる空気も、観客のみなさんは受け入れてらっしゃる。
おもしろシーンが笑えなかったせいで、無学でおっちょこちょいの村娘が、コメディリリーフとして成立しきれない上に、つまり、緩衝材として機能するはずの笑いのシーンが、理屈として組み込まれていて呼吸になっていない。"元気でハキハキしている笑わせようという誠実さ"以外に設定上の魅力もないので、"素朴でかわいい"というよりも"シンプルにみじめ"。だけが前に出ている(学校の先生がスベってるみたいな感じ)。
また、彼女がギャグ(みたいなもの)がスベっているだけでなく、いつもならおもしろ親父が定番の[[矢頭右衛門七堀部弥兵衛]]に淡い恋心を抱き、右衛門七がそれにつきあうシーンについても、なんで彼が時間を割いているのかが伝わってこず、どこか"介護支援"みたいに見えてしまった…。も、ただの老武士で演出されてたのも、いかにももったいなく、全体を平坦にしちゃったなと思いました。
もちろん、奉公に出されるのか身売りされるらしいので(台本上そこをハッキリ言わない)、その不幸な境遇を汲み取り、同情したという読み方が正解なのだろうが、それは観客側でイメージを用意しなくてはならない。
右衛門七も右衛門七で、ほんとはその村娘と同じくらいの年ごろならビジュ的に関係も成立しそうなものだが、ふつうに元服した武士のこしらえで、役者も壮年層なので、いよいよ二人の感情の温度差が際立ってしまう。ことほど左様に、役者(あるいは脚本や演出)の"年齢的なこと"と"まじめなこと"が、随所で微妙なムードを醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「みんな現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだろうと踏んだ。
 
ことほど左様に、役者(あるいは脚本や演出)の実年齢が随所で微妙な違和感を醸しているのだが、最初に言ったとおり、この空間では「みんな現役でがんばっている」ことを応援することこそが建前なのだろうと踏んだ。