差分

提供: Kusupedia
移動先: 案内検索

もりいくすお

2,022 バイト追加, 2023年5月2日 (火) 15:21
編集の要約なし
[[画像:gozaru.jpg|thumb|2016.03月 国立演芸場楽屋にて]]
もりい くすお(男性、1965年11月23日 - )は、日本のイラストレーター。本名:森井久寿生。「作画屋」と名乗っている。)は、日本のイラストレーター。声優。本名:同じ。WEBやテレビなどのメディア、書籍、雑誌等の印刷物、企業案件、店鋪、寺社仏閣などに絵を提供している。
名刺には画家としてでなく職人としての意味合いで「作画屋」と印刷したものの、[httphttps://jawww.wikipediasonymusic.orgco.jp/artist/Gospellers/wikiinfo/%E6%A1%91%E6%B2%A2%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80 桑沢デザイン研究所542417 アニメの仕事して]非常勤講師。赤穂観光大使(兵庫)。港区観光大使(東京)。忠臣蔵文化愛好画家。グラニアック(もりいの造語。鉄道マニアを意味するtrainiacから)。思いましたが、コレだと「アニメの作画」と誤解を招くかもですが、両方やっている。
書籍、雑誌等の印刷物、テレビなどのメディアに絵を提供している。本サイトのオーナー。[http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%91%E6%B2%A2%E3%83%87%E3%82%B6%E3%82%A4%E3%83%B3%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80 桑沢デザイン研究所]非常勤講師。赤穂観光大使(兵庫)。港区観光大使(東京)。忠臣蔵文化愛好画家。講談「赤穂義士伝」原理主義。忠臣蔵ソムリエ(自称)。グラニアック(もりいの造語。鉄道マニアを意味するtrainiacから)。忠バサダー(もりいの造語。忠臣蔵の良さを広めたい大使気分から)。
本サイトのオーナー。
[https://www.youtube.com/channel/UCw9HDt7OukQuh0-ura82-sw YouTube'''「忠臣蔵文化ちゃんねる」'''] <※忠臣蔵文化応援のために、チャンネル登録や高評価をぜひよろしくお願いします!
* [https://www.youtube.com/channel/UCw9HDt7OukQuh0-ura82-sw/videos YouTube'''「忠臣蔵文化ちゃんねる」'''] <※忠臣蔵文化応援のために、チャンネル登録や高評価をぜひよろしくお願いします!
* [http://blog.kusuya.net/?eid=1008 よみもの'''「怪異談 忠臣蔵'''〜ゾンビが出てくるやつ〜'''」'''](閲覧注意)
== 忠臣蔵的・生い立ち/履歴 ==
  == 忠臣蔵ゆかりな生い立ち/履歴 == <small><※以下のプロフィールは事実ですがあくまで、本・忠臣蔵サイトの一部であり、<※以下のプロフィールは事実ですが、あくまで、本・忠臣蔵サイトの一部であり、'''かなりアブノーマル'''な構成になっていることをあらかじめご了解ください。なお'''忠臣蔵関連は太字になっております'''w。></small>
 東京都港区・東京慈恵会医科大学附属病院で生まれる。
 病院は、討ち入りのあと'''[[堀部安兵衛]]'''や'''[[大石主税]]'''、'''[[不破数右衛門]]'''らが最初に落ち着いた愛宕下の伊予松山藩・松平隠岐守の上屋敷跡。ちなみにらが最初に落ち着いた愛宕下の伊予松山藩・松平隠岐守の上屋敷跡(しっかり古地図を見ると、じゃっかんズレてるが黙っていようっと!)。ちなみに'''[[堀部弥兵衛|堀部家]]菩提寺の青松寺'''の真っ正面。また'''[[畳屋|畳替え事件]]の増上寺'''の近所であります。の近所であり、何度も'''[[浅野内匠頭]]'''や'''[[大石内蔵助]]'''を演じた片岡千恵蔵の終焉の地でもあります。
(慈恵看護専門学校の前身、看護婦教育所は鹿鳴館バザーの収益で建てられたが、開催は新発田藩・溝口家12代藩主の娘から有栖川家に嫁いだ栄姫(はるひめ。結婚して董子…ただこ)さんによるものである。'''[[堀部安兵衛]]'''は溝口家から姓を分けてもらってる一族。父・'''中山弥次右衛門'''は藩士。)
 先祖は'''[[大石内蔵助]]の閑居があった京都の山科'''の近所の出だと勘違いしていた時期があったが(高祖母が木村荘平の愛妾だったから)、実際はの近所の出だと勘違いしていた時期があったが(高祖母が木村荘平の愛妾だったから)、実際は相対替え前の'''[[浅野内匠頭|赤穂浅野家]]'''下屋敷があった、'''[[伊達左京亮|伊達家]]'''のお屋敷があった麻布は仙台坂のそばのおっさんの子孫だった。
 父親は、麻布高校の出身で、'''[[間十次郎]]一家'''の子孫であるメディア界の重鎮・羽佐間重彰さんの後輩。2019年に私が'''赤穂義士祭'''でMCをご一緒させていただいた小日向えりさん(当時 歴ドル)出身の横浜国立大学を卒業した、秋葉原のデザイン会社の取締役。彼は、くすおが忠臣蔵にハマった元年、「いかにも史実であるかのように家柄の良い'''高家筆頭の[[吉良上野介]]'''を悪者に仕立て上げるのは気に入らん。ありゃあ 義士じゃねえんだよな。浪士なんだよな。」と、初回からガミガミとアンチな態度で改宗を迫った。
 いっぽう、母親のほうは泉岳寺そっくりの'''四十七義士の墓'''があり(興宗寺〜こうしゅうじ〜)、ベストセラー'''「元禄快挙録」'''の著者・福本日南の出身地でもある、福岡県(母は、'''寺坂吉右衛門'''の墓のある八女の近所の、久留米出身)の出身でありながら、「忠臣蔵」と聞いても「…はぁ、時代劇ね?」というくらいの、フリーの経理事務の人(息子の没頭に対するリアクションや把握としては、こちらのほうが正しい)。くすおはそういう家柄のもとに生まれた。の墓のある八女の近所の、久留米出身)の出身でありながら、「忠臣蔵」と聞いても「…はぁ、時代劇ね?」というくらいの、フリーの経理事務の人(息子の没頭に対するリアクションは、こちらを歓迎したい)。くすおはそういう家柄のもとに生まれた。
 物心ついた時からすでに絵を描くのが好きだったくすおは、幼稚園([[おニャン子版忠臣蔵|「夕ニャン」]]で'''[[浮橋太夫]]'''をやった工藤静香が編入&中退した日本音楽高等学校の付属幼稚園)の頃から「モーレツア太郎」や「帰ってきたウルトラマン」を描いておともだちに喜ばれては、得意になっていた。
 小学校に上がるや、「給食を全部食べなければ帰宅を許さない」という担任の体罰が効いて、会食恐怖症となり、元来食い意地が張ってるはずのもりいには、卒業するまで給食が苦痛でしかなかった。いつスイッチが入るかわからない、このコンプレックス(「平らげなければいけない!」という強いプレッシャーで食べ物を飲み込めなくなる)には40歳を過ぎても苦しめられたが、忠臣蔵に目覚めた2008年、故・国本武春師匠におごってもらった成田の川豊本店のうな重を食べ残したのを最後に、なぜか(ようやく)克服できた。 小学校に上がるや、「給食を全部食べなければ帰宅を許さない」という担任の体罰が効いて、会食恐怖症となり、元来、ひとりっ子で独占欲が強く、食い意地が張ってるはずのもりいには、この症状は卒業するまで給食が苦痛でしかなかった。いつスイッチが入るかわからない、このコンプレックス(「平らげなければいけない!」という強いプレッシャーを感じると、とたんに食べ物を飲み込めなくなる)には40歳を過ぎてもときどき苦しめられたが、忠臣蔵に目覚めた2008年、故・国本武春師匠におごってもらった成田の川豊本店のうな重を食べ残したのを最後に、なぜか(ようやく)克服できた。
 雑誌の「テレビランド」や「小学四年生」「小学五年生」に投稿して絵を掲載してもらう印刷初体験をする。同時に「おはようこどもショー」のコーナーでつボイノリオの背景に絵を採用された放送電波初体験もした。(放送をした日本テレビは当時'''赤穂浪士が潜伏した麹町'''にあったが、現在、汐留の'''仙台藩芝口上屋敷跡'''にある。討ち入り後に赤穂浪士に粥を振る舞ったお屋敷である)
 アメリカの風刺雑誌MADと巡り会い、モート・ドラッカーの作風に憧れる。
 テレ東版の珍訳「ゾンビ」(いわゆるサスペリア版)に腹を立てて友人とアフレコしなおしたり、学園祭では16ミリフィルムでアニメ撮影&上映などして遊び、有楽町の日劇に日替わりの特撮映画を見に定期券を買って「ゴジラ映画大全集」に出かけるなど、オタクの一面もこの頃に育つ。 テレ東版の珍訳「ゾンビ」(いわゆるサスペリア版)に腹を立てて友人とアフレコしなおしたり、学園祭では16ミリフィルムでアニメ撮影&上映などして遊び、日替わりの特撮映画を見に定期券を買って有楽町の日劇まで「ゴジラ映画大全集」に日参するなど、オタクの一面もこの頃に育つ。(のちにアニメの脚本を多く手掛ける明大の学生当時の関島眞頼氏と毎日のように会ってるうちになつき、吉野家の牛丼をごちそうになって「この世にこんなうまいものがあるのか」と感激する。)
 中高一貫なので、そのまま新宿の成城高校に進学。 中高一貫風だったので、そのまま新宿の成城高校に進学。
 都バスで6年間、登下校の際、'''[[堀部安兵衛]]の自宅のあった牛込'''柳町を行き来した。
 学校の先輩に、'''[[清閑寺熙定|清閑寺中納言]]'''を演じた上原謙や'''[[大石内蔵助]]'''その他を演じた[[丹波哲郎]]。'''[[間十次郎]]'''の子孫でアナウンサーの羽佐間正雄氏がいる。
 
 日露戦争で活躍された乃木希典大将のお父さんは、現在のもりいの作業場から5分ほど行った'''長府藩毛利家'''に仕えていた藩士で、大将は藩邸内の長屋出身だそうだが、現在「六本木ヒルズ毛利庭園」のここは、'''赤穂義士終焉の地'''でもある。乃木大将は赤穂義士ファンであったので、毎月命日には息子さんの手を引いて泉岳寺にお参りに行ったというが、その、息子さんたちも、高校の先輩である。
 このころ、雑誌「ぴあ」に毎号似顔絵パロディイラストを読者投稿して掲載してもらうなどしていたが、高2のある日、縁あって「仮面ライダー」や「'''マンガ日本の歴史・忠臣蔵と生類憐み'''」で有名な石ノ森章太郎先生にマンガを見てもらい、とりあえず悪く言われなかったことですっかりその気になり、絵描きの道を目指す。お礼に出かけた場所が国立演芸場の楽屋だったことも手伝ってか、ソワソワするもりいの様子を見たその時の先生のアドバイスは「きみは噺家をめざしたほうがいいんじゃないか?」だった。
 在学中に、刃傷事件のあった'''江戸城の、内匠頭が駕籠で出てった平川門'''の近所の小学館の漫画週刊誌からデビュー。
 卒業してすぐクレイアーティスト、カワイイ学博士の 卒業してすぐクレイアーティスト、スーパーマーケットマニア、IKEA博士の[httphttps://yukazakkanote.blog.so-net.ne.jpcom/yukamorii/ 森井ユカ]との共同生活を浅草で始める。
 結婚にあたって人並みに、式と披露宴をしたが、場所は吉良邸の茶会の日をリークした'''[[羽倉斎]]ゆかりの地、神田明神'''であった。
 3年ほどして'''[[菅谷半之丞]]'''の寓居していた谷中のそばに転居。しばらくいた。の寓居していた谷中のそばに転居。しばらくいた。(台東区での営業は10年以上になった。)  
 友人に助けられながら、クライアントに謝りながら、それなりにイラストレーター生活を続け、たまにTBSラジオ「コサキンDEワァオ!」で広川太一郎さんのモノマネ('''[[間十次郎]]'''の子孫の声優・羽佐間道夫さんおすみつき。とはいえ20年以上経って、お会いした時はコサキンにおいでになったことをお忘れでした。「小堺くんが"俺がハマーだ!"のファンなんだよね。」)を披露し、この出演をきっかけにその後も関根勤氏主宰のカンコンキンシアターのナレーションが続いている。(台東区での営業は10年以上になった。)のファンなんだよね。」)を披露し、この出演をきっかけにその後も関根勤氏主宰のカンコンキンシアターのナレーションが続いている。
 ちなみに関根氏は高輪の育ちであり、小学生時代は'''義士祭'''になると煙まみれの'''泉岳寺'''に、お友達と「探検だ!」と言って出かけたという(ご本人談。お寺はご実家から徒歩7分)。
 そうした20〜30代は、特に忠臣蔵を意識することもなく生きていたが、それでもなぜか年末の忠臣蔵映画を録画したり、大河ドラマの「'''[[元禄繚乱]]'''」を毎週録画したりしていた。(それでもまだ、この時点で忠臣蔵にハマっていない)
 ちなみに、1996年から始めたブログは現在まで、ほぼ毎日続いている。(リニュアルの関係で2008年から閲覧可能)>[https://www.kusuo.com/?cat=4/ 「くすお画主主義共和房」]
 やがて2005年、40代になって、若き'''[[堀部安兵衛|安兵衛]]'''が江戸に来て最初に住んだ、'''[[神崎与五郎]]'''が「美作屋善兵衛」を名乗って町民に化けていた、'''[[寺坂吉右衛門]]'''の墓のある、'''[[吉良上野介]]'''の愛人が住んでいた、本籍地でもある麻布に仕事場を引っ越し新装開店。(江戸城の鬼門から裏鬼門に引っ越したわけである)の下屋敷があり、愛人の家もあった、'''赤穂浅野家、藩祖の長友(忠臣蔵の浅野内匠頭のおじいさま)時代まで下屋敷'''があった、もりいの本籍地でもある、麻布に仕事場を引っ越し新装開店。(江戸城の鬼門から裏鬼門に引っ越したわけである)
 自宅も転宅したがそこはたまたま'''最初の江戸下向で大石が安兵衛と会談した'''、そして'''大石の命令で[[原惣右衛門]]らが作戦のために会合場所として屋敷を買った三田'''だった。ちなみに[http://blog.kusuya.net/?eid=901 イタリア大使館]('''[[大石主税]]'''や'''[[堀部安兵衛]]'''終焉の地。伊予松山藩・'''松平隠岐守の中屋敷跡'''。)の目と鼻の先。
2006年、翌年亥年の年賀状に'''[[通し狂言 仮名手本忠臣蔵|仮名手本忠臣蔵]]の五段目'''に出てくるイノシシを描こうとにわかに思いたち、友人に結婚のお祝いに似顔絵を描く代わりにと仮名手本忠臣蔵のDVDを無心。ここで初めて歌舞伎をじっくり見る(DVDだけど)。(結局年賀状は制作せず仕舞い。)
 
 2012年。[http://blog.kusuya.net/?search=AKB%BB%CD%BD%BD%BC%B7%BB%CE%28%B2%FE%29 趣味で描いたAKB48忠臣蔵選抜の絵]が「AKB48 リクエストアワー セットリストベスト100」のライブで採用。テストまでやったが本番では進行が押して残念ながら流れずじまい。セットリストベスト100」のライブで採用。(テストまでやったが本番では進行が押して残念ながら流れずじまい。)
 2013年。忠臣蔵物語を布教するために'''「[http://blog.kusuya.net/?day=20131201 早わかり忠臣蔵絵本]」'''をリトルプレスでリリース。ゆかりの地で売っていただく。をZINE(リトルプレス)でリリース。以来、ゆかりの地で売っていただいている。
 2014年。・[http://blog.kusuya.net/?eid=901 イタリア大使館('''旧・松平家'''跡)訪問。]
 使い勝手の悪さに急遽スピンオフ'''「[http://line.me/S/sticker/1155319 忠犬ちんべえ]」'''を審査申請したら今度はたったの4日でリリースされた。
     ・前年に、フランスのパリ西部に位置するナント市にある歴史博物館の要請で、新正堂さんに提供した'''義士ようかん'''の絵(47葉。歌川国芳のアレンジ)を提供。博物館はそれを大判のシルクスクリーンで刷り直し、2セット作ったものを、同博物館で開催された「サムライ展」のために制作されたブックセットに入れて販売したが、2015年春にそのブックセットがめでたくLa Nuit Livre 2015 アート書籍部門においてグランプリを受賞。完売後にプレ値が付いているとか。アート書籍部門においてグランプリを受賞。(完売後にプレ値が付いているとか。2019年館長談)
     ・夏 紀里谷和明監督の'''「[[ラスト・ナイツ]]」'''の広報活動に協力。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20151112 「忠臣蔵を知ろう~過去の映像作品からひも解く~」]'''2015
明治から平成という激動に、主だった映画界、演劇界は忠臣蔵ををどう表現してきたかを興行成績や内容の変遷とともに振り返る。
* '''「塩冶判官と浅野内匠頭に逢いたいでござる」'''2016
年末にやっていた忠臣蔵落語ライブの「春」版。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20161208 「わたしが描いた忠臣蔵」]'''2016
個展のスピンオフ。もりいの絵本や、新発田の記念館に奉納した堀部安兵衛の一生、アニメなどの忠臣蔵の「絵仕事」の紹介と、忠臣蔵が時代とともにどう変化し、表現してきたかを振り返る。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20171212 「忠臣蔵談義 忠臣蔵ってどんなお話?」]'''2017
お子さんたちに向けた、トークショー。お相手は忠臣蔵問屋「わたや」の矢野社長。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20180725 「忠臣蔵ゆかりの地あれこれ」]'''2018
日本全国の忠臣蔵ゆかりの地の自治体のみなさんが集まる「忠臣蔵サミット」にて、もりいが出かけた際の各地の画像とともに、ほめそやしたり、そうでなかったりを観光客の目線から語る。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20181218 「ステキなワル役~吉良上野介~」]'''2018
風評被害、炎上の元祖(?)、描きおろしイラストと共に吉良上野介の実像と虚像にせまり、近年のコンプライアンス上等の時代における、吉良上野介の「扱い方」に疑問を投げかけ、彼に悪役として徹底してもらうためのアイデアを語る。
* '''[http://blog.kusuya.net/?day=20191110 「身勝手な夫とシングルマザー〜大石りくという生き方〜」]'''2019
赤穂事件によって平穏な生活をとつじょ壊された「ふつう」の女性・大石りく。りくを演じた女優の描きおろし似顔絵とともに、りくさんのイメージを振り返り、元禄&令和のシングルマザー事情にせまる。
<small>(兵庫県豊岡 大石りく生誕350年講演会)</small>
 
* '''「ヤスベエをもっと知ろう 〜まんが「熱血!堀部安兵衛」を10倍面白く読む方法〜」'''2022
 
まんが「熱血 堀部安兵衛物語」発行者の武庸会さんによる催し。どれだけの愛を持って作業をしたかの検証とご報告。
 
<small>(新潟県新発田 堀部安兵衛生誕350年講演会)</small>
※その他、お寺さんでの講話や、NPO法人さんのイベント等、かけつけております。どうかお気軽にご相談ください。 ※その他、お寺さんでの講話や、NPO法人さんのイベント、忠臣蔵関連のMCなど、かけつけております。どうかお気軽にご相談ください。
 とはいえ、最初に見た北大路欣也の「[[忠臣蔵]]」がとりたてて、ずばぬけた傑作だったわけではありません。その前年に初めて[[通し狂言 仮名手本忠臣蔵|仮名手本忠臣蔵]]をDVDで見たのも衝撃だったし、それより以前に「[[元禄繚乱]]」でそこそこハートを捕まれていましたし、さらに昔にも無意識に「[[忠臣蔵 花の巻雪の巻]]」の放送を録画していたりもしていました。完全にハマるまでの助走はありました。
 
 「がんばれ!ロボコン」「スタートレックシリーズ」「太陽にほえろ!」とかが子供の頃から好きで、登場人物が多いドラマにはハマりがちだったかもです。(とはいえ「水滸伝」は読んでない)
 正直申し上げますと、「この作品で感動したから」とかいう'''大きなキッカケは無い'''んです。
'''<好きになるキッカケエピソード1>'''
 そもそも群像劇大好き説。  子供の頃から「がんばれ!ロボコン」「スタートレックシリーズ」「太陽にほえろ!」「吉本新喜劇」「モーニング娘。」「AKB48」など、群像劇(大勢のキャラクターとその相関関係)にしびれる素養があったようです。  そこへいくと、300年以上の間、多くの人に愛され続けた忠臣蔵は、キャリアは申し分ありません。 因果因縁説。
 本籍は新発田城主・'''溝口信濃守'''(安兵衛のお父さん'''中山弥次右衛門'''が仕えた殿様)のお屋敷のあった南麻布。
 赤穂義士伝や忠臣蔵は、史実上の登場人物のほかに、フィクション部分でも歌舞伎は歌舞伎、講談は講談と、それぞれの世界の中で新しい魅力的なキャラクターがどんどん生まれては育まれ、四十七士にからんできて、新しいエピソードを生んでいます。 生まれたのが[[堀部弥兵衛|堀部家]]の菩提寺の真ん前。
 通ってた学校は'''安兵衛'''の自宅のあった牛込柳町の近所(若松町)で、自宅前を6年間バスで通り抜け続け、学校の最寄駅は[[堀部安兵衛|安兵衛]]がおじさんの助太刀をした早稲田駅。
 夢中になってキャラクターを追いかけていると、あっちにも開けてないフタが見つかる。あ、こっちにも、という具合で、気づいたらすっかりハマッていたというわけです。 仕事場は安兵衛が19歳で江戸に来て最初に住んだ麻布切通そば。
 自宅は[[堀部安兵衛]]終焉の地の近所です。
 生まれてはじめて個展をやらせていただいたのが、[[堀内源左衛門|堀内道場のあった小石川]]。
'''<好きになるキッカケエピソード2>'''…という、ご縁。
 因果因縁説。
 生まれたのが[[堀部弥兵衛|堀部家]]の菩提寺の真ん前で、通ってた学校は[[堀部安兵衛|安兵衛]]がおじさんの助太刀をした早稲田にあり、そこへは中山姓時代の'''安兵衛'''の自宅のあった牛込を6年間バスで通り抜け続け、いま住んでいるのが[[堀部安兵衛]]終焉の地の近所です。仕事場は安兵衛が19歳で江戸に来て最初に住んだ麻布切通そば。サイト開設の年にエキジビジョンを持ちかけられた展示会場は[[堀内源左衛門|堀内道場のあった小石川]]。
・・本籍は新発田城主・'''溝口信濃守'''(安兵衛のお父さん'''中山弥次右衛門'''が仕えた殿様)のお屋敷のあった南麻布。   いずれも「たまたま」な巡り合わせです。たまたまにしては出来すぎているので、これはもうなにか運命、宿命的なものを感じております。   '''<好きになるキッカケエピソード3><好きになるキッカケエピソード2>'''
 陰陽五行説(か?)。
== 外部リンク/ギャラリー ==
 
* [https://www.youtube.com/channel/UCw9HDt7OukQuh0-ura82-sw/videos YouTube'''「忠臣蔵文化ちゃんねる」'''] 
* [http://kusuo.com/ もりい くすおの画主主義共和房]
画像:Chirasi.jpg|2017ポカスカジャン&大江戸ワハハ本舗・娯楽座「忠-SING-蔵」前夜祭MCとチラシ作画
画像:Donnahanasi.jpg|2017赤穂にて忠臣蔵問屋わたや矢野社長と「忠臣蔵談義 忠臣蔵ってどんなお話?」
画像:momotsuru2.jpg|2018.5月関西テレビ「桃色つるべ」にて忠臣蔵ばなし。5月関西テレビ「桃色つるべ」にてモノノフ冥利な忠臣蔵ばなし。
画像:miyosi.jpg|2018.7月忠臣蔵サミットで講演&ポスターイラスト。
画像:Annaizu.jpg|2018.11月花岳寺の案内図をThe47BlackCatsのマサミマエカワさんと制作。
画像:taisi2019.jpg|2019年港区より観光大使を委嘱。
画像:Mokubatei.jpg|2019年浅草木馬亭トークショーin東家一太郎師匠ライブ。
画像:01samune.jpg|2020年[https://www.youtube.com/channel/UCw9HDt7OukQuh0-ura82-sw /videos コロナ禍に動画配信開始]。画像:sugo6_s.jpg|2021年ワハハ本舗全体公演「王と花魁」。パンフ付録の忠臣蔵すごろく。(400 × 574mm)画像:nekketsu_yas_s.jpg|2021年堀部安兵衛生誕350年祭。記念漫画リリース(本編28ページ中綴じ)画像:jihan01.jpg|2022年赤穂市民総合体育館前に「早わかり忠臣蔵絵本」自販機登場
</gallery>

案内メニュー