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假名手本忠臣蔵’61/義士始末記’62

97 バイト追加, 2020年3月19日 (木) 15:07
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<あらすじ>
今では出世して柳沢吉保のブレーン・今では出世して[[柳沢吉保]]のブレーン・[[荻生徂徠|徂徠]]だが、かつてはおかつの舞いを励みにして勉学し、おかつもまた徂徠を父のように慕っていた。
そんなおかつは、実は[[間喜兵衛]]が深川芸者に産ませてしまった私生児であるが(喜兵衛さんは出てこないが、とんだ引き合いに出されたものです。)、自分が間家の身内であることは家名のために世間に伏せていた。
(これに、ついでのように、別シーンで川津祐介([[中村勘助]])と岩下志麻(おしま)の仲のいいところもアクセントとして挟まれるが、ストーリーラインに関係ない。売り出したい若手をグイグイ入れてる。でもポスターで岡田と岩下は同格みたいな扱いでレイアウトされている。<small>註01</small>)
で、討ち入りはあって、世間は大盛り上がり。おかつは弟新六の参加を知ると自分の浅はかさを悔やむ。で、討ち入りはあって、世間は大盛り上がり。おかつは瓦版で弟・新六の参加を知ると自分の浅はかさを悔やむ。
助命嘆願に大勢が大名屋敷に押しかけたり(学生運動のようなモブ)、佐々十郎と芦屋小雁の巡礼の僧侶や、芦屋雁之助や大村崑のかご屋が、通りがかりの神社の団体と、たまたま居合わせた荻生徂徠のそっくりさんを、その場で崇め奉ってみんなで赤穂義士の無事をお祈りするというような怪現象までおこる始末(<書いていてわけわからなくなってきたが、ともかくこのシーン、そこそこタップリある)。
ネタバレしますが
要は、荻生徂徠は歴史(や落語)がしめすとおり、義士に切腹が良いと主張したわけで、結果ほんとに切腹になっちゃって世間が大ブーイングなわけです。要は、荻生徂徠は歴史(や落語)がしめすとおり、義士には切腹が良いと主張したわけで、結果ほんとに切腹になっちゃって世間が大ブーイングなわけです。
おかつも、大好きだった先生が切腹を主張したと知って大ショック。悪夢(これは彼女の舞いで表現されるが、これもタップリしている)を見たりする。
監督も出演者も申し分ないから、部分部分、すごく良いなと思うんだけど、上記のように「ま、こんな説明で、いっか」と思っちゃうような、なんというか大切にしたくなるナニカが無い作品。監督も出演者も申し分ないから、部分部分、すごく良いなと思うんだけど、上記のように「ま、こんな説明で、いっか」と思っちゃうような、なんというか大切にしたくなるナニカが足りない作品。
「岡田茉莉子はすごく美人で、[[もりいくすお|もりい]]のタイプだ!」という以外、あんまりなにも残らない。
決して悪くない、好きな作品だが、助命だろうが切腹だろうが、ともかく誰も彼もが赤穂忠臣義士が好きという徹底した壮大な同調現象を「主役」にしてしまったことが、実際に苦悩したであろう幕閣や学者の存在感を無くしてしまった。決して悪くない、好きな作品だが、助命だろうが切腹だろうが、ともかく誰も彼もが赤穂忠臣義士が好きという徹底した壮大な同調現象を「主役」にしてしまったことが、実際に苦悩したであろう幕閣や学者の存在感を無くしてしまった。このことが本作の厚みに影響している。
竹田出雲が後日談を書くならこうだろうな、とかそういう趣旨でもない。
註01…岩下志麻はこの映画公開の前年にデビューしたそうで、本作ではほとんど台詞も無いのに、出てきた3場面は強烈な印象を残す。(でも、ポスターで同格は無ぇなあ)註01…岩下志麻はこの映画公開の前年にデビューしたそうで、本作ではほとんど台詞も無いのに、出てきた3場面は強烈な印象を残す。(にしても、ポスターで同格は無ぇと思うがなあ)

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