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四十七人の刺客

132 バイト追加, 2014年3月28日 (金) 02:45
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そもそも討入りが「かたきうち」とは言いにくい側面のある作戦なので、武芸をたっとぶお家柄の浅野家を怒らせた。だから暴れた。…という理屈を抜いたアプローチは現代人には有効だと思う。その点本作では人殺しの意義や、吉良を殺す大義名分など、いろいろ現代人に四十七士の見方をレクチャーしてくれているよう。そもそも討入りが「かたきうち」とは言いにくい側面のある作戦なので、武芸をたっとぶお家柄の浅野家を怒らせた。だから暴れた。…という解釈しやすいアプローチは現代人にはわかりやすいと思う。その点本作では人殺しの意義や、吉良を殺す大義名分など、いろいろ現代人に四十七士の見方をレクチャーしてくれているよう。
(聞けば史実でも浪士を預かった細川の殿様も彼らを「忠臣義士」ではなく「勇士」、家来の[[堀内伝右衛門|堀内さん]]も「戦士」と言ったとか。当時、四十七士を尊んだお武家さん達も戦闘者としての彼らに惚れたのではなかろうか。)
また、画面の中で誰が誰と会ってなにを話をしてるのかビギナーが漫然としてると、ちょっと置いて行かれる(わざわざ話し相手をフルネームで呼んでいても、である)。登場人物の重要性も伝わらないかも。このアレンジの妙を楽しめるほど、現代人の頭には下地が無いのだ。だからカケダシ当時のあたしにとってはまた、討ち入り作戦と四十七士の有様がわかりやすいキャラになってる一方で、ほかの登場人物が画面の中で誰が誰と会ってなにを話をしてるのかビギナーが漫然としてると、ちょっと置いて行かれる(わざわざ話し相手をフルネームで呼んでいても、である)。登場人物の重要性も伝わらないかも。このアレンジの妙を楽しめるほど、'''現代人には下地が無い'''のだ。だからカケダシ当時のあたしにとっては'''最初星ふたつの映画'''だった。
だが、あるていど「忠臣蔵」のベースが頭に入ってからあらためて観てみると「そうきたか」と愉快に観られる。

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