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赤穂城断絶

696 バイト追加, 2022年2月21日 (月) 14:36
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 もれ承りますところによると、深作監督は、もっともっと「仁義なき戦い」風にしたかったそうで、でも東映側だか、内蔵助役の萬屋錦之介(当時45歳)だかが反対したことで思ったようには描けず、結果的には監督にとっても錦之介にとっても腑に落ちない仕上がりとなっているらしい。<附言> もれ承りますところによると、「柳生一族の陰謀」から深作監督は、もっともっと「仁義なき戦い」風にしたかったようで(と、言いつつ本作については、[[元禄忠臣蔵 前篇・後篇|「元禄忠臣蔵」]]みたいにもしたかった)、でも東映側の方法論や、内蔵助役の萬屋錦之介(当時45歳)のこだわりもあって思うように描けず、結果的には監督にとっても錦之介にとっても腑に落ちない仕上がりとなっているらしい。
 金子信夫で内蔵助を演じてほしかった本作の企画・日下部五朗(映画プロデューサー)も「脚本家がどういう忠臣蔵にするか迷って迷って中途半端になり、キンちゃんの演技もどっちつかず」と。インタビューで答えている。<small>(河出書房新社「深作欣二」春日太一責任編集)</small> 後年に、本作について、こうまで後ろ向きの意見ばかり聞かされると、「んじゃあ、面白がったら間違いなのかな」って思っちゃう、関係者の愚痴の多い作品。 監督は「金子信夫で内蔵助を演じてほしかった<small>(「キネマ旬報」NO.1145)</small>と言うが、見てみたかったものです。」と言うが、見てみたかったものです。
 註01…東映の時代劇が作られなくなって久しく、この1978年に先行して公開された「柳生一族の陰謀」がヒットしたんで、強行スケジュールで時代劇復興第2段!という勢いで制作されたイメージだが、すでに「忠臣蔵と聞いても内容を知ってる若者はいない」(脚本:高田宏浩 談)という時代で、資材は残ってるけどスタッフも時代劇の勝手がわかってる人が40人位だったという<small>(監督:深作欣二 高田氏とともに「キネマ旬報」No(「キネマ旬報」No.747より)747)</small>。
それでも、この年は手塚治虫が悔やむほど<small>(「鈴木敏夫のジブリ汗まみれ」2015年4月)</small>「さらば宇宙戦艦ヤマト」の「我が身を捨てるヒロイズム」=浪花節哲学が若者に大ヒット中で、「赤穂城断絶」が受け入れられる下地はあったようだ。

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