おんな忠臣蔵〜汝、如何に愚かなりとも〜

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 劇団スプーキーズ第16回公演。

 太平洋戦争の末期、いろんな立場の女性(おもには主婦だが、なかには娼婦やタカラジェンヌ、学生や子供、熟女など20人ほど)が演劇活動を通じてお互いを、家族を、そして戦争そのものと向き合う。

 場面は東京大空襲の前の八王子と(そこで上演される芝居のタイトルは「松之廊下で待つのだろうか」である(笑)。「だれでも思いつくギャグ」と思いつつも、もし作者が当館のアニメを見てくれてたならうれしい)空襲がひどくなってから疎開した先の長野(でしたっけ)。一時帰国する兵隊さん達のために素人の女子たちが芝居経験のある女子たちの特訓を受けながら「忠臣蔵」を作っていく。


 緊張感のある時代背景にもかかわらずコミカルな空気を保ち、家族や男女関係のエピソードを優しく折り重ねていきながら130分ほどが居心地良く過ぎていく。(舞台の床が剥がれるというハプニングに見まわれ、セリフを噛む役者も少なくなかった…にしても、だ。ちなみに公演初日を観賞)

 女優さんがいっぱい出るので鑑賞中にご贔屓が何人もできて、そうしたことも群像劇で客をつなぎとめておくためにうまく機能している。


 ストーリーに込められたメッセージはダイレクトに観客に届き、笑って、泣けて感動できる良い作品。


 さて

 忠臣蔵部分のおウワサですが、今回は忠臣蔵(は劇中劇だし)そのものより、「その時代を生きた人の忠臣蔵観」に注目したい。

 たとえばコメディリリーフの大工の兄妹(<この妹は兵隊に取られた弟の嫁)が芝居の美術=松之廊下の背景の制作をたのまれると、ただの松の木の絵のカキワリを納品して、それをツッコまれるというギャグエピソードがある。

 天然な二人のキャラを紹介する小ボケシーンではあるが…

 いや、サラッと受け流してもいいんだけど、昭和18年当時、30でこぼこの年齢だとすると大正初期の生まれでしょう?それが「松之廊下」を知らないって、どうなんでしょう。

 芝居か寄席か映画がエンタテインメントの主流の時代、そこには必ず忠臣蔵や義士伝のコンテンツがあった時代に、「松の廊下」をご存じない!

 …ということは、この連中、娯楽に対しては映画にも寄席にも行かず、寺の地芝居もラジオにも公園の街頭紙芝居も、とにかく頑なに目と耳をふさいで一切の情報を受け付けない環境で生きてきた、大正男とその義理の妹…っていう特殊な設定になっちゃう。さらに言えば、もともと縁の無いふたつの家族が、その特殊環境にあることになる。(ちなみに、大正時代は最も「忠臣蔵映画」のリリース量が多い)…いや、その時代にそういう人達がいなかったとは言いません。言いませんけど、不必要に込み入ってマイノリティなバックグラウンドということになる。

 あとね、ハーフの女性が忠臣蔵劇のどの部分だったか、アメリカ人的なスタンスから日本人の精神的なこと(だったか行為だったか失念)で演出に物言いをするシーンもあった。それ面白いんですけど、彼女は帰国子女じゃなくハーフってだけで日本で育ってるんですよね…?

 あとね、大石内蔵助瀬尾孫左衛門にお軽の子供の世話を託すシーン(<という「設定」は、バブル期に池宮彰一郎先生が作ったんだけど、そこはスルーします)で、大石内蔵助にがいることにショックを受ける従軍看護婦(昭和だってお妾さんなんてゴロゴロいた時代だろうに。)が…etc.

 本作は特にリアリティに主眼を置いてない肩のこらない喜劇なので、それが時代錯誤であったとしても、登場人物同士の会話の中に説明があることで、忠臣蔵に暗い現代人の観客へわかりやすい解説サービスも兼ねているのだが、それにしてもそぉんなどいつもこいつも「忠臣蔵ビギナー」の明治&大正生まれって…いくらなんでも当時そこまで無名ではないだろぉ忠臣蔵!(笑)。と、ちょっと思った。

 あまりに「当時」のイメージがおざなりで、戦争中にタイムスリップした平成女子のものがたり…であるかのようなピチピチ感であります。