伊達左京亮
伊達左京亮【だて さきょうのすけ】
村豊(むらとよ)宗春。
江戸城のイベントの時に浅野内匠頭といっしょに「接待役」を任命された人。
浅野へのあてこすりに吉良のヒイキする相手として描かれる。浅野が空色の衣装を着てるとこの人はたいがい着物は黄色やみどり色。
吉良「さすが伊達殿は行き届いておられる。それにひきかえ、あの浅野めは…」
というような、あからさまなシチュエーションに伊達さんはいささか躊躇する演出をされる。そして目の前で繰り広げられるイジメに同情的に内匠頭に接する。
たとえば吉良がいじわるで伊達君だけにしか見せない書き付けの内容についても、くやしがる内匠頭に「あの書き付けはたいしたこと書いてなかったですから。火の用心とかそんなことばかりで」と教えてくれる。(「忠臣蔵 花の巻雪の巻」など)
伊達君の性格付けは脚本や演出によってさまざまで、中にはヒイキされてじゃっかんいい気になってる時もある。
見かねた内匠頭の家来が「伊達さんのところみたいに吉良殿に取りはからわなくて大丈夫っすかね」と進言しても、浅野は「伊達は伊達!当家は当家じゃ」とプンプンして取り合わない。強がってて失敗する。
実在する人物で、浅野と接待役をやってたのもホント。
梶川とともに浅野の取り押さえに加わったと史実にあるらしいがそういう場面は映画やドラマにはあまり出てこない(たけし版にあった)。
事件当時ハイティーンという若さだったが、ちゃんと少年がキャスティングされてることは少なく、「峠の群像」のヤックン(当時16歳)がナマイキに演じたのが印象深い。薬丸裕英氏ご本人にうかがったところ「右も左もわからなかった。アレたしかデビュー前で、ジャニーさんに"You行ってきなよ"って言われて出かけた始末。4回出演したはず。」と、出来栄えとは裏腹に夢中でこなしていたようであります。
お茶の間的にはいじめられてる内匠頭が孤立するより同僚の伊達君がかばってくれるほうが、見ていてストレスが無いが、実際は浅野家は秀吉の家臣時代にいろいろあって伊達家から「絶縁状」を突きつけられており、以来仲が悪いとも推測され、ヤックンが若造にもかかわらず、隆大介(内匠頭)につっけんどんな態度を取っているような演出がリアルとされるムキもある。
「浅野内匠頭に2度も饗応役が回ってくるのはレアケース」という話を聞いたことがあるが、伊達左京亮が養子に入った吉田藩初代の伊達宗純という人は藩主在任34年に3回もやってるとか。