江戸に来てから、薪割り屋に身分を隠して潜伏。村松は不器用で「拙者は町人じゃ」てな始末。そんなユニークな彼とクライアントの神田柳原の刀研ぎ屋主人の竹屋喜平次光信さんはなかよしになる。討ち入りの日「百年の後まで長命をなされるようにの」と別れ、かたみに喜平次に印籠をくれる。
(この「江戸の雪晴れ」(浪曲)/「風流形見の短冊」(講談)は似たような内容で…という、この「江戸の雪晴れ」(浪曲)/「風流形見の短冊」(講談)は似たような内容で[[三村次郎左衛門]]の講談「三村の薪わり」として描かれていることもある。)の講談「三村の薪わり」として描かれていることもある。 画像の絵は尾形月耕「義士四十七図」の三村次郎左衛門の絵をモチーフにしたもののようで、構図が"まんま"。 講談も絵も、この両人はとかく「どっちでもいい」扱いを受けているが、実際には立場は微妙に異なる。 三村は役職と俸禄を持つれっきとした士分であったのに対し、三太夫は部屋住みで、あくまで父の家格に付随する"若者"にすぎない。(反対を押し切って行ったこともない赤穂に付いてっちゃって、しまいにはメンバーに加わり、討ち入りでは大活躍。)
よしという奥さんが吉良邸に侵入してしもべとして働き、間諜を務めたという逸話もある。よしという奥さんが吉良邸に侵入して、しもべとして働き、間諜を務めたという逸話もある。(史実ではは三太夫さんは独身)