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もともと渡辺邦男監督は「ひねくれた解釈なしに、誰にでもよくわかり、面白く見られる、言うなれば「講談忠臣蔵」を作りたいと思っている」と語っていたそうです。<small>(別冊近代映画 '58)</small>
大映でメガホンを取るのは初めての渡辺監督は、いったんは大映常務の松山英夫([[忠臣蔵 地の巻/天の巻天の巻/地の巻|日活時代にバンツマで忠臣蔵]]を成功させている)の直々のオファーを断っているが、松山の「講談調の忠臣蔵を…」の、言葉に動かされたという。<small>(昭和33年「アサヒ芸能」No.614)</small>
講談ということになれば登場人物も多くなるので、"早撮り"で定評の監督にお座敷がかかったわけで、ご当人も納得の登板となったわけである。<small>(「時代映画」No.35)</small>