差分

提供: Kusupedia
移動先: 案内検索

浅野内匠頭

655 バイト追加, 月曜日 15:17
編集の要約なし
[[画像:Raizo_takumi.jpg|thumb|役者絵:市川雷蔵]]
浅野内匠頭【あさの たくみのかみ(長矩ながのり)】 浅野内匠頭【あさの たくみのかみ(長矩ながのり)】
赤穂領主。(三代、56年の統治。) 赤穂領主。(三代、56年の統治。)
清廉無私、謹厳実直でクソがつくほどマジメキャラ。カタブツで、殿様なのに側室(愛人)がいない愛妻家。映画やドラマではしばしば 清廉無私、謹厳実直でクソがつくほどマジメキャラ。カタブツで、殿様なのに側室(愛人)がいない愛妻家。映画やドラマではしばしば[[阿久里/瑤泉院|奥さん]]の琴の演奏を聴くのが大好きという演出がなされる(「[[赤穂城/続赤穂城|赤穂城]]」「[[忠臣蔵 花の巻雪の巻]]」「[[忠臣蔵 風の巻・雲の巻]]」「[[新春ワイド時代劇 忠臣蔵−決断の時|決断の時]]」など)。
赤穂の、とあるタクシーの運転手さん(大阪出身)は「嫁はんより小姓を愛しはったんですなあ」とゲイだったと主張(江戸時代の衆道はあたりまえ)。 赤穂の、とあるタクシーの運転手さん(大阪出身)は「嫁はんより小姓を愛しはったんですなあ」とゲイ説を主張(江戸時代の衆道はあたりまえ)。
アンチ忠臣蔵の人が引き合いに出す「土芥寇讎記」(どかい こうしゅうき:各大名の解説書)では長矩を「女好き」としているがもりい個人は、公儀隠密スパイが書いたとされるこの評価ブックを信用しておりません。 アンチ忠臣蔵の人が引き合いに出す「土芥寇讎記」(どかい こうしゅうき:各大名の解説書)では、長矩を「女好き」としている。←もりい個人は、公儀隠密スパイが書いたとされるこの評価ブックを信用しておりません。
なにもかも、この人が江戸城の大イベント中に廊下で上司を斬りつけたのがきっかけ。どうしてそんな奇行に走ったか、具体的な遺恨の内容は300年経った今も謎。 なにもかも、この人が江戸城の大イベント中に廊下で上司を斬りつけたのがきっかけ。どうしてそんな奇行に走ったか、動機が「遺恨」とする以外に具体的内容が300年以上経った今も謎。
上司、 上司、[[吉良上野介|吉良]]のパワハラが原因であるというのが定説。
大名の起こすこうした「喧嘩」はほかにも例があるそうで、内匠頭の親戚も過去にどっかで同じような事件を起こしている。ただ家来が討ち入りたくなるような片落ちの裁定はめずらしい。 大名の起こすこうした「喧嘩」はほかにも例があるそうで、内匠頭の親戚も過去にどっかで同じような事件を起こしている。ただ家来が討ち入りたくなるような片落ちの裁定はめずらしい。
5万3千石。塩田も入れると7万とも8万石ともいわれなにげ裕福だが、忠臣蔵物語の中では、おなじイベント接待部の 5万3千石。塩田も入れると7万とも8万石とも言われ、なにげ裕福だが、忠臣蔵物語の中では、おなじイベント接待部の[[伊達左京亮|伊達君]]より領地が広いのに進物はショボかった。「おべっかつかうのはきらいじゃ」というこの無作法が吉良の逆鱗に触れる。
刃傷事件前はたいがいのドラマで部下が浅野に「何事もご忍耐第一に!」と心配してくれている。 実際は地元の水道工事や京都御所 紫宸殿の建て直しにたいへん散在して、裕福どころか天守も建てられないほど嚢中はさみしかったとか。足袋もツギのあたった倹約家。映画やドラマでは"裕福呼ばわり"されがちな中で、珍しく[[柳沢吉保]]が赤穂浅野を"貧乏呼ばわり"する[[大忠臣蔵(NET)|「ミフネ版」]]では、その理由を「昔ながらの戦ぞなえをして、藩士をたくさん抱えてるから」としている。
(実際は地元の水道工事や京都御所 紫宸殿の建て直しにたいへん散在して、裕福どころか天守も建てられないほど嚢中はさみしかったとか。足袋もツギのあたった倹約家。映画やドラマでは"裕福呼ばわり"されがちな中で、珍しく[[柳沢吉保]]が赤穂浅野を"貧乏呼ばわり"する[[大忠臣蔵(NET)|「ミフネ版」]]では、その理由を「昔ながらの戦ぞなえをして、藩士をたくさん抱えてるから」としている。)
 刃傷事件前はたいがいのドラマで部下が浅野に「何事もご忍耐第一に!」と心配してくれている。
当時の勤務評価に「短慮」と記されていたり、感情が高ぶると胸が苦しくなる「痞(つかえ)」という病気持ちだったとも伝えられるところから、ドラマでもすぐおなかが痛くなったりつむじがいたくなったりしてる演出が見られる。
「突く」ための脇差しで斬りつけたり、理由も言わず「遺恨」を再三くちにしてることから、被害妄想を伴う精神病説も言われているらしく、「[[時代劇特別企画 忠臣蔵|たけし版]]」ではそこに言及し、ジェームス三木は「[[忠臣蔵 瑤泉院の陰謀|瑤泉院の陰謀]]」では大胆にも、内匠頭をはっきりと'''トリッキーなキャラ'''として描いている。 当時の勤務評価に「短慮」と記されていたり、感情が高ぶると胸が苦しくなる「痞(つかえ)」という病気持ちだったとも伝えられるところから、ドラマでもすぐおなかが痛くなったりつむじがいたくなったりしてる演出が見られる。
 実際は、一度クビにした 「突く」ための脇差しで斬りつけたり、理由も言わず「遺恨」を再三くちにしてることから、被害妄想を伴う精神病説も言われているらしく、「[[不破数右衛門時代劇特別企画 忠臣蔵|たけし版]]の帰参を考えてたり、中山姓のまま」ではそこに言及し、ジェームス三木は「[[堀部安兵衛忠臣蔵 瑤泉院の陰謀|安兵衛瑤泉院の陰謀]]の婿入りを許可したり(実際は安兵衛のほうが折れて堀部家に入る)と、柔軟な人柄が伺える。(逆に、あたしゃ短慮を伝えるエピソードを聴いたことがない)」では大胆にも、内匠頭をはっきりと'''トリッキーなキャラ'''として描いている。
ドラマなどで大げさにクローズアップされることが少ないが、そもそも戦国時代は豊臣秀吉と縁続きな上、ブレーンの筆頭だったたけだけしい家柄で、「辱められるならやっちまえ」という山鹿素行先生の教え(要確認)も助けて「喧嘩上等」の姿勢なのではなかったかとも推測される。 ちなみに内匠頭は一代で江戸城警備、消防隊(<「消せない火事はない」とまで言われ、市民に好評の仕事ぶりだった)、普請の手伝い、任期中に二回の饗応役(かなりレアとか?)など、幕府からいっぱい御用を言いつけられており、なかなか大変だったとお見受けいたします。
 上記のような勤務評価やら、神経の病やらが"事実"だとしたら、それを知った上で幕府が、朝廷との関係にこれほど重要な役割を何度も与えるもんだろうか???…と、個人的にはシンプルに疑問。
遺書らしきものには「言っといたらよかったんだけど、言わないでおきます。さぞ不審でしょうね」という言葉を残して死んでいっちゃって、これまた謎。 実際には、一度クビにした[[不破数右衛門]]の帰参を考えてたり、中山姓のまま[[堀部安兵衛|安兵衛]]の婿入りを許可したり(実際は安兵衛のほうが折れて堀部家に入る)と、柔軟な人柄が伺える。(逆に、あたしゃ短慮を伝えるエピソードを聴いたことがない) 
「[[峠の群像]]」では、自分の愚行ははっきりしてることだから罰は受ける。そこにいちいち「だって○○なんだもん」などとつべこべ言わないことが潔しという演出が、[[不破数右衛門]]が家僕を切り捨ておいて理由をかたくなに話さないエピソードとともになされている。 カネのかかる用事をさんざん言いつけられたのは、豊臣系の浅野家をこころよく思ってない徳川幕府(<小藩取り潰しにも躍起)のいじわると考えられる?と紹介したテレビの歴史バラエティもあったが、秀吉死後はすぐに家康の幕下に入っている。ひいおじいちゃんの浅野長重は、徳川秀忠や家光とも仲良しだったという記録もあるそうです<small>(大日本近世史料/細川家史料)</small>。   ドラマなどで大げさにクローズアップされることが少ないが、そもそも戦国時代は豊臣秀吉と縁続きな上、ブレーンの筆頭だったたけだけしい家柄で、「辱められるならやっちまえ」という山鹿素行先生の教え(要確認)も助けて「喧嘩上等」の姿勢なのではなかったかとも推測される。  そもそも、今と違って、職場で精神的に追い詰められて自分を責めるという風潮は考えにくく、正しい道を生きていると思っているお武家さんが、そのメンツを潰されるなら、無礼な相手を殺そうとするのは自然な流れ(元禄時代に似合っていたかはともかく)。  内匠頭が吉良を討とうとする場合、城外での個人的な奇襲はそうとうに難易度が高いから、持ち場の松之大廊下は妥当だったのではないだろうか。
辞世「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」(いまいち意味不明)もこの句を伝えた[[多門伝八郎]]の創作とも言われフィクション説が濃厚とか。 遺書らしきものには「言っといたらよかったんだけど、言わないでおきます。さぞ不審でしょうね」という言葉を残して死んでいっちゃって、これまた謎。
「[[峠の群像]]」では、自分の愚行ははっきりしてることだから罰は受ける。そこにいちいち「だって○○なんだもん」などとつべこべ言わないことが潔しという演出が、[[不破数右衛門]]が家僕を切り捨ておいて理由をかたくなに話さないエピソードとともになされている。
とにかく謎のすべては、お上がくわしく取り調べをしないで「'''すぐに切腹!'''」と裁決したお手軽さが原因。
 辞世「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとやせん」(いまいち意味不明)もこの句を伝えた[[多門伝八郎]]の創作とも言われフィクション説が濃厚とか。
 とにかく謎のすべては、お上がくわしく取り調べをしないで「'''謎が多いおかげで、そこを各世代の作家が劇中において「どうしてこうなった」を解釈し描き、討ち入りを爽快なクライマックスに持って行くことの腕比べが「忠臣蔵」の面白みのひとつといえる。すぐに切腹!'''」と裁決したお手軽さが原因。
ちなみに内匠頭は一代で江戸城警備、消防隊(<「消せない火事はない」とまで言われ、市民に好評の仕事ぶりだった)、普請の手伝い、任期中に二回の饗応役(かなりレアとか?)など、幕府からいっぱい御用を言いつけられており、なかなか大変だったとお見受けいたします。'''謎が多いおかげで、そこを各世代の作家が劇中において「どうしてこうなった」を解釈し描き、討ち入りを爽快なクライマックスに持って行くことの腕比べが「忠臣蔵」の面白みのひとつといえる。'''
上記の、怪しげな連中が書いた勤務評価やら、神経の病やらが"事実"だとしたら、それを知った上で幕府が、朝廷との関係にこれほど重要な役割を何度も与えるもんだろうか???…と、個人的にはシンプルに疑問。
カネのかかる用事をさんざん言いつけられたのも、豊臣系の浅野家をこころよく思ってない徳川幕府(<小藩取り潰しにも躍起)のいじわると考えられる?と紹介したテレビの歴史バラエティもあったが、秀吉死後はすぐに家康の幕下に入っている。ひいおじいちゃんの浅野長重は、徳川秀忠や家光とも仲良しだったという記録もあるそうです(大日本近世史料/細川家史料)。
年貢が重かったとかで、アンチ忠臣蔵の人は 年貢が重かったとかで、アンチ忠臣蔵の人は"内匠頭の切腹を聞いた領民が餅をついたとか赤飯を炊いた"と言われるエピソードをことさら引き合いに出すが、これは播州浅野家のあとを継いだ森家の借金20万両とも言われる政治の過酷さが前の領主に影響した誤伝とも言われている。(要出典)

案内メニュー