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神崎与五郎
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風紀委員みたいにあら探ししてチクる役回りだそうで「武士の間ではうとまれる存在でございます([[大忠臣蔵(NET)|ミフネ大忠臣蔵]])」。
松の廊下事件の前の晩、江戸城での吉良のイジメを見かねた彼は内匠頭に「すいません、拙者をクビにしてください。吉良を殺しますから」と申し出る。内匠頭は感動して「心配かけてすまん。終わるまできっと我慢するから」と約束する。(が、事件は起こる)
メンバーの中では[[寺坂吉右衛門|寺坂]]をのぞけば最下位の[[三村次郎左衛門|三村]]の「一個上」の身分だが、切腹するとき順番を間違われて最後に回され、不満をいいながら死んでいったという。
神崎が美男子らしかったことと、大酒飲みで「燗酒よかろう」というあだ名だったのはホントらしい。
矢作は弟・与五郎に本懐を遂げてもらいたいから、庄屋を鉄砲で撃ち殺し、自分は鎌で腹を切る。あとからすぐ駆けつける与五郎。
天明8年公開の「義臣伝読み切り講釈」(全八段)がオリジナルなので、仮名手本や講談のキャラとはまた違うのであります。