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元禄忠臣蔵の女たち

42 バイト追加, 2025年12月27日 (土) 22:48
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笑いが大きく用意されているのは「[[可留]]の妾宅」。コメディリリーフは小作の母と娘。この幕は大きく目立つ。
おもしろシーンが笑えなかったせいで、無学でおっちょこちょいの村娘が、コメディリリーフとして成立しきれない上に、"元気でハキハキしている"以外に設定上の魅力もないので、"素朴でかわいいおっちょこちょい"というよりも"シンプルにみじめ"に映った。
本来この役は、多少なりとも「素朴でかわいらしいという魅力」がなければ成立しないはずなのだが、配役された役者さんの佇まいがあまりに“山出し”で、その前提が最初から崩れてしまっている。(髪型など、なにかワンポイントでいくらでも可愛く出来そうなのに、本来この役は、多少なりとも「素朴でかわいらしいという魅力」がなければ成立しないはずなのだが、配役された役者さんの佇まいがあまりに“山出し”で、その前提が最初から崩れてしまっているのだ。(髪型など、なにかワンポイントでいくらでも可愛く出来そうなのに、"おしん"でもイメージしたかったのか、それとも仕掛けは邪道ということなのか…。)のイメージでも押し通したかったのか、それとも仕掛けは邪道だということなのか…。)
また、彼女が[[矢頭右衛門七]](大石に会いに、自宅ではなくなぜかこの家に来る)に淡い恋心を抱き(一目惚れ)、右衛門七がそれにつきあうシーンについても、なんで彼が時間を割いているのかが伝わってこず、ボランティア臭がキツかった…。(大石に会いに、自宅ではなくなぜかこの家に来る)に淡い恋心を抱き(一目惚れ)、右衛門七がそれにつきあうシーンについても、なんで彼が村娘に時間を割いているのかが伝わってこず、ボランティア臭がキツかった…。
もちろん、奉公に出されるのか身売りされるらしいので(台本上そこをハッキリ言わない)、その不幸な境遇を汲み取り、同情したという読み方が正解なのだろうが、それは観客側でイメージを用意しなくてはならない。もちろん、奉公に出されるか身売りされるらしいので(台本上そこをハッキリ言わない)、その不幸な境遇を汲み取り、同情したという読み方が正解なのだろうが、それは観客側でイメージを用意しなくてはならない。
右衛門七も右衛門七で、ほんとはその村娘と同じくらいの年ごろならビジュ的に関係も成立しそうなものだが、ふつうに元服した武士のこしらえで、役者も壮年層なので、いよいよ二人の感情の温度差が際立ってしまう。