「斬忠臣蔵」の版間の差分

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[[画像:zan_cyusingura.jpg|thumb|劇場で配られたチラシ。]]
 
[[画像:zan_cyusingura.jpg|thumb|劇場で配られたチラシ。]]
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歌踊朗読一座「漣」
 
歌踊朗読一座「漣」
  
という名前なのだが、まずここでサービスが悪いなと思うのは、「歌踊朗読一座」というのがまずよくわからない(どう読むにかも含めて)。
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という名前なのだが、ここで思うのは、「歌踊朗読一座」というのがまずよくわからない(どう読むのかも含めて)。
  
 
どういうものを見せてもらえるのだろう…と、掻き立てることが狙いと言うなら、それはそれでいい。
 
どういうものを見せてもらえるのだろう…と、掻き立てることが狙いと言うなら、それはそれでいい。
  
でも、つづく「漣」読めない。"さざなみ"なのだが、これがスッと読めない無教養な人はお断り…というハードルなのかというと全然そんなことはない。ひじょうに愛嬌があって、やさしい劇団だ。
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でも、つづく「漣」読めない。"さざなみ"なのだが、これがスッと読めない無教養な人はお断り…というハードルなのかというと全然そんなことはない。ひじょうに愛嬌があって、やさしい&楽しいムードの劇団だ。
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以下、なんというか、「見る側のことをどう想定しているのだろう」と思っちゃうアレコレが、随所に感じる空間だった。
  
だが、こういう小さな"ちぐはぐ"が、随所に感じる空間だった。
 
  
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忠臣蔵劇が小一時間と、休憩15分を挟んで後半45分ほど、踊りのショーという構成。(どちらもピアノの生演奏が効果的で素敵)
  
忠臣蔵劇が小一時間と、休憩15分を挟んで後半45分ほど、踊りのショーという構成。
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劇のほうは、赤穂事件のあらすじに、なんとなく[[桃井若狭助]]や[[お軽]](いずれも新設定)を混ぜた感じ。
  
劇は、赤穂事件のあらすじに、なんとなく[[桃井若狭助]]や[[お軽]]を混ぜた感じ。
 
  
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1時間の短さなら、どんな物を見せられても、ともかくケンカにはならない。…が、感動もしない。
  
1時間だと、どんな物を見せられても、ともかくケンカにはならない。腹も立たないが、感動もしない。
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で、ほんとうは笑ってほしかったような下りがいくつもあったのだが、これもアレでして…
  
で、ほんとうは笑ってほしかったような下りがいくつもあったのだが、これがアレでして…
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前説で「セリフが硬いんで、お気づきにならないかもですが、ちょいちょい乗っけてるおふざけは、遠慮なく笑ってください。」的なことを言っていたのだけど…、
  
前説で「セリフが硬いんで、お気づきにならないかもですが、ちょいちょい乗っけてるおふざけは、遠慮なく笑ってください。」的なことを言っていたのだが、たとえば松の廊下で刃傷までの下り。ふつうに嫌な感じのやり取りの上で抜刀になるわけなのだが、内匠頭を止める人たちが"なんとなく"内匠頭をぶつ真似をしたり、運ばれる吉良が「いてえな〜」と言ってたりして、ああこれが言ってたやつかとわかるのだが、やはり、脈絡と無関係に放り込まれるだけの"ただの悪ふざけ"は、カネ取って笑ってもらうというレベルにまで到底、達してない。
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たとえば松の廊下で刃傷までの下り。ふつうに嫌な感じのやり取りの上で抜刀になるわけなのだが、内匠頭の刃傷を食い止めようとする人が"なんとなく"急に内匠頭をぶつ真似をしたり、運ばれる吉良がハケ際に「いてえな〜」と言ってたりして、「ああこれが、言ってた"笑うところ"か…」と、わかるのだが、やはり脈絡と無関係に唐突に放り込まれるだけの"ただの悪ふざけ"(アドリブで無計画に足していってるのだろうと思う)は、ただただ浮いてしまっており、カネ取って笑ってもらうというレベルにまで到底、達してない。
  
  
あと、そもそもどういう事情で「朗読劇」の形を取っているのかがまったくわからない。
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あと、そもそもどういう事情で「朗読劇」の形を取っているのかが、もうひとつわからない。
  
剣舞や舞踊を見せたい劇団であろうことは容易に察しはつくが、芝居のパートだけ、手元の原稿に目を落として、朗読してるのは、なぜなんだろう?
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殺陣や舞踊を見せたい(なんなら観客も一緒に踊らせる)フィジカルな劇団であるにもかかわらず、芝居のパートだけ、手元の原稿に目を落として朗読してるのは、なぜなんだろう?幕開けから下向いてて、見てるこっちはちょっとテンションが下がる💦。
  
いやいやいや。台詞、全然おぼえられるワード数だったと思いますよ!?
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台詞、全然おぼえられないワード数じゃないんじゃないかと思うのですが…。
  
特別なハンディなどを抱えた人たちの集まりなのかとも思い(これは皮肉ではなく、真面目にそう思って)、検索してみたが、そのへんは不明だった。
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なにか、朗読という形式を取らざるを得ない、のっぴきならない事情でもあるのかとも思い検索してみたが、その点はよくわからなかった。。
  
  
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特に、得した気分だったのは、祇園島原で放蕩三昧の最中、ジャッキー・チェンに身をやつした内蔵助が、酔っ払うと酔拳を始めたりする。
 
特に、得した気分だったのは、祇園島原で放蕩三昧の最中、ジャッキー・チェンに身をやつした内蔵助が、酔っ払うと酔拳を始めたりする。
  
ところどころにぶっこまれる不自然な笑いの中には、こうした"ハマっているもの"も、たまにあった。今回はそこに価値を見出すことにする。
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ところどころにぶっこまれる不自然な笑いの中には、たまたまこうして"ハマっているもの"も、稀にあった。今回はそこに価値を見出すことにする。
  
  
とにかく、1時間という上演時間に罪がない。
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とにかく、1時間なら…という、短い上演時間には罪がない。
  
  
 
さて、
 
さて、
  
今回印象に残ったのが、客席にいた、いかにもタニマチ(ゴヒイキ?)らしい港区女子(両国での上演なので、さしずめ墨田区女子なのだろうが)で、いわたまありのモノマネ芸を実写化したような人物。上演中にふつうの音量で隣の男性(は、ふつうに静かだが、注意はしない)と話したり、たびたび便所に立ったりしていた。
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今回印象に残ったのが、客席にいた、いかにもゴヒイキらしい港区女子風(劇団の活動拠点の練馬区女子かもしれません)で、いわたまありのモノマネ芸を実写化したような人物。上演中にふつうの音量で隣の男性(は、ふつうに静かだが、注意はしない)と話したり、たびたび便所に立ったりして、行儀が悪かった。
  
ただし、彼女の良いところ(出禁にならないところ)はひじょうに明確で、気前よく演者たちにおひねりを与えていたこと。
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ただし、彼女の良いところ(出禁にならないところ)は、ひじょうに明確で、気前よく演者たちにおひねりを与えていたこと。
  
座長は札束で頬を叩かれている状態で、なにも言い返せないでいる。つらいところだ。
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劇団さんと良好な関係だったらいいのだけど…なんか😅…、ドラマ『サンクチュアリ-聖域-』に出てきたタニマチを思い出した。笑
  
 
それも芝居空間の一部だとして考えるならば、総合的には、4,000円ぶんは楽しんだかもしれない。
 
それも芝居空間の一部だとして考えるならば、総合的には、4,000円ぶんは楽しんだかもしれない。

2026年2月26日 (木) 16:51時点における最新版

劇場で配られたチラシ。


こちらの劇団さん。

歌踊朗読一座「漣」

という名前なのだが、ここで思うのは、「歌踊朗読一座」というのがまずよくわからない(どう読むのかも含めて)。

どういうものを見せてもらえるのだろう…と、掻き立てることが狙いと言うなら、それはそれでいい。

でも、つづく「漣」読めない。"さざなみ"なのだが、これがスッと読めない無教養な人はお断り…というハードルなのかというと全然そんなことはない。ひじょうに愛嬌があって、やさしい&楽しいムードの劇団だ。


以下、なんというか、「見る側のことをどう想定しているのだろう」と思っちゃうアレコレが、随所に感じる空間だった。


忠臣蔵劇が小一時間と、休憩15分を挟んで後半45分ほど、踊りのショーという構成。(どちらもピアノの生演奏が効果的で素敵)

劇のほうは、赤穂事件のあらすじに、なんとなく桃井若狭助お軽(いずれも新設定)を混ぜた感じ。


1時間の短さなら、どんな物を見せられても、ともかくケンカにはならない。…が、感動もしない。

で、ほんとうは笑ってほしかったような下りがいくつもあったのだが、これもアレでして…

前説で「セリフが硬いんで、お気づきにならないかもですが、ちょいちょい乗っけてるおふざけは、遠慮なく笑ってください。」的なことを言っていたのだけど…、

たとえば松の廊下で刃傷までの下り。ふつうに嫌な感じのやり取りの上で抜刀になるわけなのだが、内匠頭の刃傷を食い止めようとする人が"なんとなく"急に内匠頭をぶつ真似をしたり、運ばれる吉良がハケ際に「いてえな〜」と言ってたりして、「ああこれが、言ってた"笑うところ"か…」と、わかるのだが、やはり脈絡と無関係に唐突に放り込まれるだけの"ただの悪ふざけ"(アドリブで無計画に足していってるのだろうと思う)は、ただただ浮いてしまっており、カネ取って笑ってもらうというレベルにまで到底、達してない。


あと、そもそもどういう事情で「朗読劇」の形を取っているのかが、もうひとつわからない。

殺陣や舞踊を見せたい(なんなら観客も一緒に踊らせる)フィジカルな劇団であるにもかかわらず、芝居のパートだけ、手元の原稿に目を落として朗読してるのは、なぜなんだろう?幕開けから下向いてて、見てるこっちはちょっとテンションが下がる💦。

台詞、全然おぼえられないワード数じゃないんじゃないかと思うのですが…。

なにか、朗読という形式を取らざるを得ない、のっぴきならない事情でもあるのかとも思い検索してみたが、その点はよくわからなかった。。


いっぽうで、客演の二人が光っていた。

ひとりはX-GUNのさがね・まさひろさん。吉良上野介役の出演だったが、コロナで閉店しちゃったけど、美容院に行く途中に毎度、串揚げ焼酎BARの前を通っていて、個人的に馴染み深い(とはいえ、なんの関係もない 笑)。

そして大石内蔵助を演じていたジャッキーちゃんは、モノノフにとっては、ももいろクローバーZのMV『笑一笑 ~シャオイーシャオ!~』にご出演で、否応なく親近感がある存在。

特に、得した気分だったのは、祇園島原で放蕩三昧の最中、ジャッキー・チェンに身をやつした内蔵助が、酔っ払うと酔拳を始めたりする。

ところどころにぶっこまれる不自然な笑いの中には、たまたまこうして"ハマっているもの"も、稀にあった。今回はそこに価値を見出すことにする。


とにかく、1時間なら…という、短い上演時間には罪がない。


さて、

今回印象に残ったのが、客席にいた、いかにもゴヒイキらしい港区女子風(劇団の活動拠点の練馬区女子かもしれません)で、いわたまありのモノマネ芸を実写化したような人物。上演中にふつうの音量で隣の男性(は、ふつうに静かだが、注意はしない)と話したり、たびたび便所に立ったりして、行儀が悪かった。

ただし、彼女の良いところ(出禁にならないところ)は、ひじょうに明確で、気前よく演者たちにおひねりを与えていたこと。

劇団さんと良好な関係だったらいいのだけど…なんか😅…、ドラマ『サンクチュアリ-聖域-』に出てきたタニマチを思い出した。笑

それも芝居空間の一部だとして考えるならば、総合的には、4,000円ぶんは楽しんだかもしれない。