「斬忠臣蔵」の版間の差分
細 |
細 |
||
| 14行目: | 14行目: | ||
| − | + | なんというか、「見る側のことをどう想定しているのだろう」と思っちゃうアレコレが、随所に感じる空間だった。 | |
2026年2月24日 (火) 00:37時点における版
<<推敲中>>
こちらの劇団さん。
歌踊朗読一座「漣」
という名前なのだが、ここで思うのは、「歌踊朗読一座」というのがまずよくわからない(どう読むのかも含めて)。
どういうものを見せてもらえるのだろう…と、掻き立てることが狙いと言うなら、それはそれでいい。
でも、つづく「漣」読めない。"さざなみ"なのだが、これがスッと読めない無教養な人はお断り…というハードルなのかというと全然そんなことはない。ひじょうに愛嬌があって、やさしいムードの劇団だ。
なんというか、「見る側のことをどう想定しているのだろう」と思っちゃうアレコレが、随所に感じる空間だった。
忠臣蔵劇が小一時間と、休憩15分を挟んで後半45分ほど、踊りのショーという構成。(どちらもピアノの生演奏が効果的で素敵)
劇のほうは、赤穂事件のあらすじに、なんとなく桃井若狭助やお軽(いずれも新設定)を混ぜた感じ。
1時間の短さなら、どんな物を見せられても、ともかくケンカにはならない。…が、感動もしない。
で、ほんとうは笑ってほしかったような下りがいくつもあったのだが、これもアレでして…
前説で「セリフが硬いんで、お気づきにならないかもですが、ちょいちょい乗っけてるおふざけは、遠慮なく笑ってください。」的なことを言っていたのだが、たとえば松の廊下で刃傷までの下り。ふつうに嫌な感じのやり取りの上で抜刀になるわけなのだが、内匠頭の刃傷を食い止めようとする人が"なんとなく"急に内匠頭をぶつ真似をしたり、運ばれる吉良がハケ際に「いてえな〜」と言ってたりして、「ああこれが言ってた"笑うとこ"か」とわかるのだが、やはり、脈絡と無関係に唐突に放り込まれるだけの"ただの悪ふざけ"は、ただただ浮いてしまっており、カネ取って笑ってもらうというレベルにまで到底、達してない。
あと、そもそもどういう事情で「朗読劇」の形を取っているのかがまったくわからない。
殺陣や舞踊を見せたいフィジカルな劇団であるにもかかわらず、芝居のパートだけ、手元の原稿に目を落として朗読してるのは、なぜなんだろう?幕開けから下向いてて、ちょっとモチベが下がる💦。
台詞、全然おぼえられるワード数だったと思うのですが…。なにか特別なハンデなどをお抱えになった人たちの集まりなのかとも思い(ごめんなさい。これは皮肉とかではなく、真面目にそう思ってしまって)、検索してみたが、そのへんは不明だった。
いっぽうで、客演の二人が光っていた。
ひとりはX-GUNのさがね・まさひろさん。吉良上野介役の出演だったが、コロナで閉店しちゃったけど、美容院に行く途中に毎度、串揚げ焼酎BARの前を通っていて、個人的に馴染み深い(とはいえ、なんの関係もない 笑)。
そして大石内蔵助を演じていたジャッキーちゃんは、モノノフにとっては、ももいろクローバーZのMV『笑一笑 ~シャオイーシャオ!~』にご出演で、否応なく親近感がある存在。
特に、得した気分だったのは、祇園島原で放蕩三昧の最中、ジャッキー・チェンに身をやつした内蔵助が、酔っ払うと酔拳を始めたりする。
ところどころにぶっこまれる不自然な笑いの中には、たまたまこうして"ハマっているもの"も、たまにあった。今回はそこに価値を見出すことにする。
とにかく、1時間という上演時間に罪がない。
さて、
今回印象に残ったのが、客席にいた、いかにもゴヒイキらしい港区女子風(劇団の活動拠点の練馬区女子かもしれません)で、いわたまありのモノマネ芸を実写化したような人物。上演中にふつうの音量で隣の男性(は、ふつうに静かだが、注意はしない)と話したり、たびたび便所に立ったりしていた。
ただし、彼女の良いところ(出禁にならないところ)は、ひじょうに明確で、気前よく演者たちにおひねりを与えていたこと。
楽しい関係だったらいいけど…なんか😅…。ドラマ『サンクチュアリ-聖域-』に出てきたタニマチ思い出した。笑
それも芝居空間の一部だとして考えるならば、総合的には、4,000円ぶんは楽しんだかもしれない。