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「此村大吉」もの

1,604 バイト追加, 2022年11月30日 (水) 08:44
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此村大吉のハナシは全11席(本によっては38席)ある「旗本五人男」の一部。「此村大吉」名義の映画も戦前戦後に3本作られている人気キャラ。此村大吉のハナシは全11席(本によっては38席)ある「旗本五人男」の一部。 序盤で本文に入る前に仲蔵と此村大吉のエピソードに触れる。 日本橋の大店の乾物屋(芋酒屋いもさかや)・山形屋の店先に捨て子されていた仲蔵は保護され、店の養子になる。芝居が好きなので六つのときに中村勘三郎に預けられ、二十歳ぐらいのときに例の[[斧定九郎|定九郎]]事件がある。妙見様に願をかけて満願七日目に、夕立に合い、茶屋で雨宿りしれる最中に土手を走る此村大吉を目撃し、キャラを開発するに至る。これが評判を呼ぶが当の大吉がこれを知り、仲蔵に文句を言いに行く。仲蔵は詫びて25両を大吉に包む。 わりと、この講談の内容のまま「此村大吉」名義の映画でビジュアル化されている。戦前戦後に3本作られている。
ちなみに林家正蔵(8th)や古今亭志ん朝、春風亭一朝師匠のやる「中村仲蔵」に出てくるおサムライはミムラシンジロウという名前。此村大吉の屋敷の旗本の寄り合いに顔を出すんで、紋付きの黒羽二重を着ている…という設定になっている。
ムサビの教授で古典芸能の研究科・今岡謙太郎先生によれば「三遊亭円朝の「月に謡荻江の一節」という人情噺では山室半次郎という名前で出てくる」とのこと。(ムサビの教授で古典芸能の研究科・今岡謙太郎先生によれば「三遊亭円朝の「月に謡荻江の一節」という人情噺では山室半次郎という名前で出てくる」とのこと。)
実在の仲蔵のエピソードについては「[[斧定九郎]]」の項目をご参照願います。
 
 
この五人衆が舞踊になったのが『青砥稿花紅彩画』(あおとぞうし はなの にしきえ)通称「白浪五人男」。
 
[[もりいくすお|もりい くすお]]が高校生のみぎり、三宅坂の国立演芸場でマンガ家5人男(石ノ森章太郎、藤子不二雄、つのだじろう、さいとうたかを 以上敬称略)がチャリティでこれを舞った際に、前もって石ノ森先生に見ていただいてたマンガをこの楽屋で講評してもらった。もりいが絵を描く道を決意するきっかけとなったエピソード。その際にいただいたサイン(F先生はA先生に促し描いてくれず、さいとう先生は痔がひどくて対応してもらえなかった)はいまも大切にしている。
 

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