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原惣右衛門

2,437 バイト追加, 2010年5月12日 (水) 04:54
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原惣右衛門【はら そうえもん】…アクティブ壮年キャラ。
参謀。江戸勤務。参謀。江戸勤務。くちぐせ「ほどよくいたしましょう」。
事件のとき伝奏屋敷(宿舎)からの退去の指揮をとり、手際のよさに幕府の目付は感心したという。
江戸下向の際、母親は自分が息子の働きの妨げになってははいけないと自殺。若いころは丹波の国の山家(やまが)で諸国を回る武芸者が来てはナンパして剣術を教えてもらっていたが、グングン腕を上げてすっかり天狗になっていたころ平賀弥左衛門入道新齋という坊主にすっかり天狗の鼻をへし折られ5年の間、新齋について修行をした。 しかし大阪で新齋が宿屋で病に伏せったまま死亡。その宿屋の好意で寄食をしていたある夏の日、川で泳いでいて赤穂の城主・浅野長友候が突風にあおられて川に落とした笠を拾ってあげたのがきっかけに浅野家に召し抱えられた。  お家大変のあと、江戸では[[堀部安兵衛|ヤスベエ]]とともに急進派となる(落ち着けと言いにいったのに丸め込まれた)。 母親と共に大阪に住んでいたが、計画を打ち明けられた母が惣右衛門の江戸下向の際、自分が息子の働きの妨げになってははいけないと自殺。惣右衛門、滝のように涙を流していたが「これも吉良上野介がなすワザかっ」とあらためて心を決する。
江戸では[[堀部安兵衛|ヤスベエ]]とともに急進派となる(落ち着けと言いにいったのに丸め込まれた)。
討ち入りでは母親の遺書を懐中に入れて、[[大石内蔵助|内蔵助]]を助けて司令にあたった。
邸内侵入の際に'''屋根から滑って足を捻挫'''したため、泉岳寺への引き上げの際は駕籠。
討ち入りからずっと、けっこう働いてる人。松の廊下事件以降ずっと、けっこう働いてる人。 
映像化される際、岩みたいな顔のおじさん俳優がキャスティングされるイメージがある。足軽頭。
享年56。

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