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身代わり忠臣蔵

71 バイト除去, 2024年2月20日 (火)
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[[画像:migawari_sinjyuku.jpg|thumb|京王線新宿駅ホームの広告]]
 
 
 
(ネタバレ御免)
 上記のような、気にならないていどの細か〜いほころびがちょいちょいあって<small>(注釈01)</small>、あまりに細かすぎるので「ま、いいか」とやり過ごして見ているうちにチリは積もり、ラストの市街戦のとある演出(生首でラグビーをする)の、そのあまりのことにそれまでのほころびが急に見過ごせなくなってビリッと一気に破ける瞬間はあった。 ラストの市街戦(というのが、まず忠臣蔵物では珍しいのだが)の「生首ラグビー」は周辺には、いささか戸惑いを感じた。でも、この映画の見どころなんだと思うが。
 たぶんこの市街戦についてはいろんなアイデアが百出したんだと思うが、コメディとして成立させるために、こういう筒井康隆チックな遊びじゃなきゃいけなかったんだろうか? もちろん生首で遊ぶという行儀の悪さも引くのだが(いにしえより敵将の首には敬意を払うのがふつう。長屋のヤクザや飲んだくれが死体にカンカンノウを踊らせるのとは身分&民度が違うはず)、そもそも、邸内で自分ところの殿様の首を取られたのを目の当たりにして用人たちがいったんは戦闘を諦めたのに、死んだ[[清水一学]]が(なぜか)よみがえって、引き揚げ中の四十七士と乱闘を(なぜか)蒸し返す。この決着がまちなかでの吉良の首をボールに見立てたラグビー試合風・ギャグなのだが、コメディとしての締めくくりに、なにか派手なギャグをラストに持ってきたいという気持ちはわからないでもないが、こういう筒井康隆チックな遊びじゃなきゃいけなかったんだろうか?
(それともあれかな。「こんな市街戦がある映画なんですから、それまでの細かいことはオメコボシを!」と言う、大胆なエクスキューズなのかな)<small>(注釈02)</small> それまでが首ラグビーのギャグをすんなり受け入れられる系統のブラックな流れでもなかったように感じるし…
 好き嫌いのわかれる&大いに客を選ぶシークエンス。 ともかくそれ以降、終わったと思ったら終わってなかった、みたいなもたつきを何度か感じた。たぶん好き嫌いのわかれる&大いに客を選ぶ終盤シークエンス。
注釈01…ちなみにこまかいほころび、ちょっぴり申し上げますと(ほんとどうでもいい)…附言)ほんとどうでもいいアレコレ
 …おっぱいを直接に触りたいなら襟元から手を突っ込むのではなく、絶対に身八つ口のほうが楽だ思うんだけどな…。とか、高尾太夫とはまたベタな(&忠臣蔵と無関係だが落語や浪曲の「紺屋高尾」で有名な)名前を引っ張ってきたもんだな。とか、やりたい設定を成立させるためにずいぶんとアレコレどっさり省略したなあ。とか、四十七士がみんな面長で似た顔立ちなのはメインキャラを際立たせるためだろうか。とか、吉良のクビを包んだ布に現れる大根の切断面みたいな真っ平らのシルエットは、リアルさを避けようとした配慮だと思うが、さめるわ〜。…みたいなそういうやつ。 …おっぱいを直接に触りたいなら襟元から手を突っ込むのではなく、絶対に身八つ口のほうが楽だ思うんだけどな…。とか、高尾太夫とはまたベタな(&忠臣蔵と無関係だが落語や浪曲の「紺屋高尾」で有名な)名前を引っ張ってきたもんだな。とか、やりたい設定を成立させるためにずいぶんとアレコレどっさり省略したなあ。とか、四十七士がみんな面長で似た顔立ちなのはメインキャラを際立たせるためだろうか。とか、吉良のクビを包んだ布に現れる大根の切断面みたいな真っ平らのシルエットは、リアルさを避けようとした配慮だと思うが、さめるわ〜。
 ↑ でも…、書いてて思ったけど、どれもこれも徹底的に「わかりやすさ」を追求した腐心の結果なのかもなあと思いました。。
 
 
注釈02…一度饗応役をしたことのある[[浅野内匠頭]]でさえ教えを乞わなきゃどうしようもない秘伝の作法の作者に、生まれてこの方そうした儀式典礼に触れもせず、あまつさえ武家社会にも関係のなかった乞食坊主が突如なりすますなんて、あまりに成立しないトンデモ設定なのだから、大胆な市街戦なんかしなくても、大目に見ているのに…。

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