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通し狂言 仮名手本忠臣蔵

1,660 バイト追加, 2018年1月2日 (火) 22:34
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言わずと知れた、赤穂事件を芝居にした名作フィクション。
メインライター竹田出雲、サブ並木千柳、連作者三好松洛。一緒に作るのではなく段ごとに担当してるせいかキャラクターに統一性がないと感じられることもある。メインライター竹田出雲、サブ並木千柳、連作者三好松洛。一緒に作るのではなく段ごとに担当してるせいかキャラクターに統一性がないと感じられることもある。(たとえば三段目で古今集の歌で簡潔にセクハラおやじに肘鉄を食らわす才女・顔世御前が、七段目では読むのがはかどらないほど文章がダラダラしているなど)
「江戸時代当時の大人の事情」で、ストーリー的には赤穂事件だがオリジナルエピソードがほとんどで、時代設定や'''キャラクターの名前も全部変えてある'''。主役の名前は[[大石内蔵助|大星由良之助]]。
陰陽が一幕ごとに変わりまして絢爛。すさまじいところもあれば、ところどころカワイイ。シモネタも忘れないという実に不思議なエンターテインメント。陰陽が一幕ごとに変わりまして絢爛。すさまじいところもあれば、ところどころカワイイ。シモネタも忘れないという「グロテスクで素朴でユーモアをたたへた悪趣味きはまる(三島由紀夫談w)」実に不思議なエンターテインメント。
歌舞伎はフランチャイズなので、関東と関西では演出がじゃっかん違ったりする。(様式美の江戸。写実的な上方)
こういう「強弱」が仮名手本忠臣蔵はちょいちょい出てくるが、なんというか、かわいいセンスがすごい。五段目のイノシシとか八段目の遠くの嫁入り行列とか、急に柔和なキモチになります。魅力のひとつでしょうなあ。歌舞伎DVD未収録。
 
 
※ちなみに口上は大序が始まる前(つまり上演時間と案内されてる時間より早く)に始まるので、劇場では早めに着席いたしましょう。
松の枝を切るのは「こんなかんじで」というジャスチャーであると同時に、本蔵が松ヤニで殿様のカタナを抜けないようにする暗喩もあるとか。
本蔵本人が「本蔵下屋敷」で語るところによると、松の枝を切るジェスチャーは「もろこしの豫譲が衣を裂くことで恨みを晴らしたように、あんたも松の枝を切って堪忍なさい」という諫言(かんげん)だったと言う。本蔵本人が「本蔵下屋敷」(スピンオフ作品)で語るところによると、松の枝を切るジェスチャーは「もろこしの豫譲が衣を裂くことで恨みを晴らしたように、あんたも松の枝を切って堪忍なさい」という諫言(かんげん)だったと言う。
この「決意」のシーンは周囲の目のないところでやるかやらないかで、7段目の態度をどう読むか意味合いが変わってくるので、なにげに影響力の大きいシチュエーション。(…ということを安兵衛の地元・新潟県新発田の阿部聡氏とウワサした。)
このあと人形浄瑠璃では、想い出に提灯の紋の部分をカッターで切って懐に入れるが、歌舞伎では円筒提灯(龕灯提灯?)の加輪をとっぱらって火袋の部分をたたんで懐に入れた。このあと人形浄瑠璃では、想い出に提灯の紋の部分をカッターで切って懐に入れるが、歌舞伎では円筒提灯(小田原提灯みたいの)の加輪をとっぱらって火袋の部分をたたんで懐に入れた。
いちばん大きな違いがラストで、人形浄瑠璃では「ハッタと睨んでぇ!!」とそれだけ台詞が入って由良之助がハケて幕となるが、歌舞伎は由良之助が花道を下がってるときに幕が途中までしまったところで止まり、急にソデから三味線の人が現れ、マドロス風に台に片足を乗っけたかと思うと「愁い三重(うれいさんじゅう)〜送り三重」を奏でる。由良之助はトボトボむこうへ入る。ちょっとシュールでおもしろい。
平成20年に中村座で見ましたら、勘平(勘三郎18th)の末路にぼろ泣きしちゃいました。
 
 
勘平の切腹は四段目の殿さまと対象的に無様で、芝居で視覚的に表現されてるのは血糊だけですが、実際ははらわたも飛び出しているというテイでありますので、そういうふうに見ましょう。
さてDVDのおかる、女形の中村歌右衛門(6th)さんがご高齢で、妙齢なはずのおかるがおばあさんに見えちゃうのがじゃっかんサメた。しかしいろんなおかるを見たがこの人ほど「女性」の線というかデフォルメがすばらしい人はほかにしらない。中村福助(9th)のお軽(09顔見世)はその歌右衛門に直接手ほどきを受けてると言うだけに「あ」と思うほど歌右衛門っぽいところがあるが、ひじょうにリーズナブルというか、わかりやすい、なんというか最近の女子のような親近感のあるお軽がいい。ただ六段目で実家と名残惜しく別れたいきさつとの関連性は怪しくなる。はその歌右衛門に直接手ほどきを受けてると言うだけに「あ」と思うほど歌右衛門っぽいところがあるが、ひじょうにリーズナブルというか、わかりやすい、なんというか最近の女子のような親近感のあるお軽がいい。ただ演じ方は六段目では三段目の腰元の感じで、七段目で六段目の世話女房で演じるのがいいと三代目菊五郎が言ってたと聞くと大納得なんで、あんまり一力のお勤めが板についてると実家とあんなに名残惜しく別れたいきさつとの関連性が怪しくなり哀れさが減る。
平成20年に白鴎27回忌公演(由良之助=幸四郎(9th)。おかる=芝雀(7th)。平右衛門=染五郎(7th))でライブ見たとき、お軽のひそひそ話のあと平右衛門が「こっちは聞こえねえ」など小ネタギャグが多かった(あたしはコレ、ほかで見たことがない)わりに、ぼろ泣きの出来でした。おかるが不憫で不憫で。歌舞伎のライブって、意識と感情が割と離れてて唐突にワッと泣けてくるんで不思議。理性の方が「あっと、ここで泣くの!?ハイ」て感じでいささかビックリする。歴史が築いた「型」は理屈抜きに日本人のDNAを刺激するようです。)でライブ見たとき、お軽のひそひそ話のあと平右衛門が「こっちは聞こえねえ」など小ネタギャグが多かった(あたしはコレ、ほかで見たことがない。基本的におかると平右衛門の再会シーンはコミカルな滑り出しなので2010年頃はもともとあった「会いたかった会いたかった」という台詞さえAKB48のヒット曲の引用ギャグと捉えられ、笑う客が少なからず、いた)わりに、ぼろ泣きの出来でした。おかるが不憫で不憫で。歌舞伎のライブって、意識と感情が割と離れてて唐突にワッと泣けてくるんで不思議。理性の方が「あっと、ここで泣くの!?ハイ」て感じでいささかビックリする。歴史が築いた「型」は理屈抜きに日本人のDNAを刺激するようです。
作家の町田康氏はこうした感情作用を「その涙ってなんの涙かって説明がないんですよね。ソレが可哀相だからとかソレが劇的に盛り上がったからとかそういうんじゃないんですよね。なんか知らないですけど"根源的な部分をシェイクされるような感じ"がするんですよね」と言っている(もっともこりゃ、浪曲を聴いたときの感想だが)。
人形浄瑠璃の方に「そうじゃいな紫色雁高 我開令入給(ししきがんこう がかいれいにゅうきゅう)」というむずかしい歌詞が出てきて母娘がはなはだ陽気にしてるが、コレ実は「紫色にいきり立ったアレを私の中に入れる」という、母からのなっかなか大胆な性教育。(ネタ元「ワイ本・壇ノ浦戦記」。歌舞伎ではカットされてる?)人形浄瑠璃の方に「そうじゃいな紫色雁高 我開令入給(ししきがんこう がかいれいにゅうきゅう)」というむずかしい歌詞が出てきて母娘がはなはだ陽気にしてるが、コレ実は「紫色にいきり立ったアレを私の中に入れる」という、母からのなっかなか大胆な性教育。(ネタ元「ワイ本・壇ノ浦戦記」。ちなみに歌舞伎では上記の息抜きゲストが入る代わりにカットされることもある。)
討ち入りのための武器調達をした豪商、[[天野屋利兵衛|天河屋(天川屋)義平]]のはなし。
義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年ではこれらと2009〜2010大阪の新春大歌舞伎でしか上演されていない。(見に行けなかった…)義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年ではこれらと2009〜2010大阪の新春大歌舞伎。平成28年国立劇場会場50周年記念でしか上演されていない。
前後があってこそ引き立つ段だから、単独じゃ客入りが見込めないんで上演回数が少ないのかと思ってたが、ものの本で加賀山直三氏が「この一段はつまらない。愚作」と一蹴。義平の侠気はかっこいいし、ハッピーエンドだし個人的には大好きだが、たしかに九段目までの貫禄の由良助が、つづら前後があってこそ引き立つ段だから、単独じゃ客入りが見込めないんで上演回数が少ないのかと思ってたが、ものの本で加賀山直三氏が「この一段はつまらない。愚作」と一蹴。義平の侠気はかっこいいし、ハッピーエンドだし個人的には大好きだが、たしかに九段目までの貫禄の由良助が、「みんながそんなに言うなら試してみるかぁ」というコンセプトでつづら(長持ち)の中に潜んで義平にドッキリをしかけるという趣向はなかなか「浮いてる」かも。人を試して結局謝るという、かっこわるいかんじだし。ちなみに国立劇場開場20周年ではつづらから出てこないで後ろの戸を開けて出てきた。
そのほかにも離縁した天河屋夫婦の復縁まで世話をするなど、討ち入り直前にしては手の込んだ「よけいなこと」をしすぎで、たしかに異色作。でも武器調達のキャラを入れようというセンスが素晴らしい。文楽では「天河屋」となっていた。そのほかにも離縁した天河屋夫婦の復縁まで世話をするなど、討ち入り直前にしては手の込んだ「よけいなこと」をしすぎで(おかげで上演時間が長い)、たしかに異色作。 でも武器調達のキャラを入れようというセンスが素晴らしい。文楽では「天河屋」となっていた。
ちなみに、昭和初期の脚本を見ると由良之助ではなく[[不破数右衛門|数右衛門]]が長持ちから飛び出すバーションもあるようで、「最近の型」と紹介している。
== '''大詰焼香の場''' == ちなみにチャンバラのあと殿の墓前のシーンもある。 文楽の場合は吉良邸…おっと、師直の屋敷での討ち入りが無く、十一段目は「花水橋引き揚げの段」であり、そのあとに「光明寺焼香の段」となる。 まずは一番手柄の[[間十次郎]]、二番焼香は勘平のカタミの財布を由良之助から受け取った勘平の義理のお兄さんの[[寺坂吉右衛門|平右衛門]]。
「引き上げの場」「両国橋押し戻しの場」。亡き殿への報告にもバリエーションがあり、平成3年の歌舞伎座では炭小屋の前に殿の位牌の載った経机をしつらえて、その前に生首をもろに置くという演出が披露されております。
一同が菩提寺の光明寺に向かう。その途中両国橋で[[服部市郎右衛門|服部逸郎]]という役人が労をねぎらう。メンバーが花道を引き上げて、しんがりどんじりの[[寺坂吉右衛門|寺岡平右衛門]]がさわやかにかけやを担いで胸はって大いばりで去っていき(特に有名じゃない役者さんがやるときはそういう演出はないが、どちらにしろ彼だけ衣裳がベスト姿で目立つ)、馬にまたがって隊列を見送る服部が「あっぱれ」とエールを送る。ひじょうに後味のいい幕引き。
歌舞伎の寺坂はなんだか無邪気でかわいいから好きであります。
== '''大詰''' ==
'''焼香の場'''
ちなみにチャンバラのあと殿の墓前のシーンもある。「引き上げの場」「両国橋押し戻しの場」。
文楽の場合は吉良邸…おっと、師直の屋敷での討ち入りが無く、十一段目は「花水橋引き揚げの段」であり、そのあとに「光明寺焼香の段」となる。一同が菩提寺の光明寺に向かう。その途中両国橋で[[服部市郎右衛門|服部逸郎]](古くは鳥取一郎)という役人が労をねぎらう。メンバーが花道を引き上げて、しんがりどんじりの[[寺坂吉右衛門|寺岡平右衛門]]がさわやかにかけやを担いで胸はって大いばりで去っていき(特に有名じゃない役者さんがやるときはそういう演出はないが、どちらにしろ彼だけ衣裳がベスト姿で目立つ)、馬にまたがって隊列を見送る服部が「あっぱれ」とエールを送る。ひじょうに後味のいい幕引き。
まずは一番手柄の[[間十次郎]]、二番焼香は勘平のカタミの財布を由良之助から受け取った勘平の義理のお兄さんの[[寺坂吉右衛門|平右衛門]]。歌舞伎の寺坂はなんだか無邪気でかわいいから好きであります。
嘉永二年(1849)中村座が初上演。
亡き殿への報告にもバリエーションがあり、平成3年の歌舞伎座では炭小屋の前に殿の位牌の載った経机をしつらえて、その前に生首をもろに置くという演出が披露されております。

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