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{{Cinema|制作=大映|公開=1958|内蔵助=長谷川一夫|星=4|頃=}}
[[画像:Katsu_sdaiei_cyusingura.jpg|thumb|役者絵:勝 新太郎]][[画像:okano00.jpg|thumb|役者絵:鶴田浩二公開当時のパンフレット]]
そうして仕上がった彼の浅野内匠頭は素敵だが、シンが強そうなのでとことん「かわいそう」には見えない。切腹のときも無刀無言で面会が許されてるはずの[[片岡源五右衛門]]と、あっさり会話してるしw。
後半は急に落ち着いた、丁寧なドラマ構成になっている。鶴田浩二の[[岡野金右衛門]]が露出度が多く、吉良側の間者の京マチ子のシークエンスも多い。このあたりのめりはりが映画を退屈させない。
これらのエピソードのおかげで東映や東宝に比べて本作品は、'''講談色が濃い'''。
講談ということになれば登場人物も多くなるので、"早撮り"で定評の監督にお座敷がかかったわけで、ご当人も納得の登板となったわけである。<small>(「時代映画」No.35)</small>
結果、本作は奥することなく正調忠臣蔵を言っていい作品には仕上がっているが、いささか泥臭い。(ちなみに脚本家は3人いるが特に八尋 不二(やひろ ふじ)は「僕は本当は歴史映画の忠臣蔵をやりたい」と語っている。<small>(「時代映画」No.35)</small>) この映画でもっとも特徴的なのは、全編にわたって要所要所で[[多門伝八郎]]が月光仮面(鞍馬天狗?)のように奔走してかなり浪士側をバックアップしてくれる部分。が月光仮面(怪傑黒頭巾?)のように奔走してかなり浪士側をバックアップしてくれる部分。
忠臣蔵系ではこの翌年「[[薄桜記]]」に出るが、1960年にめでたく座頭市の原型「不知火検校」を演って、1961に「[[ドドンパ酔虎伝]]」やったあと(もちろんほかにもいっぱい出てますよ)遂に1962年、ライフワークとなる「座頭市物語」のリリースに至る。おめでとうございます。
製作:永田雅一/脚本:八尋不二 民門敏雄 村松正温 渡辺邦男/監督:渡辺邦男
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画像:Katsu_s.jpg|thumb|役者絵:勝 新太郎
画像:okano00.jpg|thumb|役者絵:鶴田浩二
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