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…とは言うものの、いっぽうで、2022年7月。国立映画アーカイブ(長瀬記念ホール ozu)の「東宝の90年 モダンと革新の映画史」で本作が上映されたとき、現状のモリシゲシーンは、ほかのおおぜいの観客(=東宝映画やスターをこころえていて、金語楼や脱線トリオが …とは言うものの、劇場で、ほかのおおぜいの観客(=東宝映画やスターをこころえていて、金語楼や脱線トリオが"出てくるだけで"笑える世代)と一緒に見ていると、印象がかなり違った。笑える世代)と一緒に見ていると、かのモリシゲシーンの印象がかなり違った。<small>(註08)</small>
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モリシゲが"東下りみたいなことをしている"というシチュエーションを観客はすんなり受け入れ、笑っている。その人達と一緒にいると、場内に理屈を超越したなにかの成立を感じた。これはひとりでDVDを見ているだけでは見つからない効果である。というシチュエーションそのものを観客はすんなり受け入れ、笑っている。その人達と一緒にいると、場内に理屈を超越したなにかの成立を感じた。これはひとりでDVDを見ているだけでは見つからない効果である。
そうした、役者の存在感にまかせて削除シーンをリカバーする手法もアリと言えばアリだが、同時に、その削除シーンは本来なら、少し子供っぽくなりがちな部分を、そうしたモリシゲの存在感が巧みに支え、狂言回しとして成立させる可能性があったのではないかとも思う。
自分を親の仇と付け狙う若者の名前を[[萱野三平]]がなぜ知りえたのかとか、先述の[[堀部安兵衛|安兵衛]]が[[俵星玄蕃|玄蕃]]に言う「赤穂浪人の悪口をほざいた」というシーンもカットされたのではなく、そもそも脚本に無い。短いシチュエーションやセリフから「推して知れ」ということだった。(昭和の映画っぽいなー)
註08…ここでは、2022年7月の、国立映画アーカイブ(長瀬記念ホールozu)の「東宝の90年 モダンと革新の映画史」で本作が上映されたときについて触れています。