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忠臣蔵・序 ビッグバン/抜刀

711 バイト追加, 2026年2月20日 (金)
編集の要約なし
さらにシュルレアリスム的感性(チラシより)の演出もセンスがあり、面白い。そして好み。
ネタバレになるので詳しくは書かないが上演回によって男性演者ばかりの松組と、女性演者ばかりの亀組が舞台と客席を個性的に使いわけて提供してくれる。亀組の舞台(<その二種類を知らずうかつにもあたしは亀組しか観ていないが、両バージョンを見た友人の松組の評判も良かった。)は三つ盛り亀甲型のオブジェひとつだけのセットにプロジェクションマッピングの投影もいい感じにキマってた。ネタバレになるので詳しくは書かないが、上演回によって男性演者ばかりの松組と、女性演者ばかりの亀組が舞台と客席を個性的に使いわけて提供してくれる。 亀組の舞台(<その二種類を知らずうかつにもあたしは亀組しか観ていないが、両バージョンを見た友人の松組の評判も良かった。)は三つ盛り亀甲型のオブジェひとつだけのセットにプロジェクションマッピングの投影もいい感じにキマってた。
関係ないが、若い頃、演劇実験室 万有引力の芝居とか見に行ったときは、なにを言ってるんだかよくわからなかったが、それも含めてシュルレアリスムの作品世界にはシビレたものだった。だからシュール、好き。
まず、広告に「[[通し狂言 仮名手本忠臣蔵|仮名手本忠臣蔵]]を題材に現代演劇として再構成した」とある。を題材に現代演劇として再構成した」とある<small>(朝日新聞DEGITAL「忠臣蔵3部作に挑む 抜刀にフォーカス」2018.6.28)</small>。
そしてチラシのクレジットにも「原作=竹田出雲・三好松洛・並木千柳」とある。
憶測だが、タイトルに「忠臣蔵」ってついてるもんだから、「お茶の間におなじみの忠臣蔵って…きっと原作は仮名手本だろう」と、安易に勘違いしたパターンが濃厚(すごくありがち)。憶測だが、「仮名手本忠臣蔵」って、タイトルに「忠臣蔵」ってついてるから、「お茶の間におなじみの忠臣蔵っていえば…たぶん原作は仮名手本なのだろう」と、安易に勘違いしたパターンが濃厚(すごくありがち)。
さて「忠臣蔵・序 ビッグバン/抜刀」のあらすじは(以下、セリフ部分はもりいのアレンジにより不正確御免)…
饗応役を仰せつかった[[浅野内匠頭]]が、節約を心がけるように[[柳沢吉保]]から言われたので予算170両(<激安!)を30両負けてくれと[[高野権中納言|大納言保春]](ほんとは中納言ですな)に直訴(は!?)して認めてもらうが、大納言は「浮いた30両でなにして遊ぶんだ?」的なことを指南役の[[吉良上野介]]に(なんで?)ネチネチ言うので吉良は「30両は自分で出す!」と憤慨(おやまあ、なんじゃそら)。吉良は内匠頭に「まったく武士は江戸の生まれにかぎる!泥臭い田舎大名め!」(内匠頭は江戸生まれだけど…)とののしり、キレた内匠頭はひとり「吉良を切って柳沢を切って将軍を切って大納言を切って天皇も切って、自分が天皇になったりして」的なひとりごと(すごい…)を言いだし、手始めに吉良に刃を向けたところを岩村藩藩主(<なぜかコレ再三強調される。ほんとは岩沼藩)田村右京之介(に(なんで?)ネチネチ言うので吉良は「30両は自分で出す!」と憤慨(おやまあ、なんじゃそら)。 吉良は内匠頭に「まったく武士は江戸の生まれにかぎる!泥臭い田舎大名め!」(内匠頭は江戸生まれだけど…)とののしり、キレた内匠頭はひとり「吉良を切って柳沢を切って将軍を切って大納言を切って天皇も切って、自分が天皇になったりして」的なひとりごと(<幼稚w!)を言いだし、手始めに吉良に刃を向けたところを岩村藩藩主(<なぜかコレ再三強調される。ほんとは岩沼藩)田村右京之介([[田村右京大夫|右京大夫]]?この人だけところどころ架空なのはなにか?)に止められて、柳沢吉保はまったくの独断で将軍に報告もせず内匠頭即日切腹を決定&決行(当時の幕府制度的に柳沢単独裁定はほぼ不可能かと…)。赤穂の?この人だけところどころ架空なのはなにか?)に止められて、柳沢吉保はまったくの独断で将軍に報告もせず内匠頭即日切腹を決定&決行(当時の幕府制度的に"側用人"の柳沢の単独裁定はほぼ不可能…)。 赤穂の[[大石内蔵助]]と[[吉田忠左衛門]]はある日見た夢告知から、浅野様(と、彼らはそう呼ぶ)が「吉良を切って柳沢を切って将軍を切って大納言を切って天皇も切りたい」と思っていたことを悟る…。(約90分)
「デタラメこそがシュールレアリズムなのだ」と言いたいのかな?と、こっちが気を利かせるにしても、不勉強と見分けがつかないデタラメは微妙すぎる。
古典演劇の"再構築"によって仮名手本要素がゼロになったと言うのなら、結果的に見たこともない構成になってなければ成り立たない。仕上がりは明らかにオーソドックスな忠臣蔵ドラマに近い。によって仮名手本要素がゼロになったと言うのなら、結果的に見たこともない構成になってなければ成り立たない。仕上がりは明らかにオーソドックスな忠臣蔵ドラマに近い。(つまり、原作は講談の『赤穂義士伝』と言うのが正解なのである。)
ブーブー言ってるわりに星が二個もあるのは、最初に申し上げたように全体の好感度は決して低くないのである。本作は三部作の一作目だそうなのだが第二部、第三部も観ようかなという気持ちは、いまのところ(公演千秋楽鑑賞の2018.7.15現在)、ある。(あとあのー…役者さんに、あたしが描いた義士ようかんが、ご贔屓筋から差し入れで入ってるご様子だしw<という手心(出典:Togetter))15現在)、ある。 (あとあのー…役者さんに、あたしが描いた義士ようかんが、ご贔屓筋から差し入れで入ってるご様子だしw<という手心<small>(出典:はたもとようこさんツイッター/公演期間中の投稿)</small>)
だから今回にしても、わざわざ伊丹まで鑑賞だけのために東京から出かけた後悔は無い。
衣裳もひじょうに洗練されている。ビジュアル的にいろいろ無駄が無い。
先回申し上げたデタラメについては、今回はおおいに調整され、聞いたこともない赤穂浪士たちの思惑(討ち入りにはオリジナリティあふれる言い分があって、先回の心配は払拭された)が面白かった。<small>(註釈01)(註01)</small>
でも、
たとえば、吉良の後任(?)のたとえば、吉良の後任の[[戸田能登守|戸田忠真]](なんで?)が京都御所まで接待役(なんの?)の打ち合わせに出かけるシーン(これが冒頭)を見て、(えっなんで?)が京都御所まで接待役の打ち合わせに出かける(京都行ってる間にイベント終わりますけど!?)シーン(これが冒頭)を見て、
「これは、わかっててあえてふざけているのか。浅学でこうなっちゃってるのか。」
と、思ったとき、前回あれだけ気になった「仮名手本忠臣蔵原作」を、またぞろ性懲りもなく、今回も劇場で配ってたビラで演出家さんがクチにしてたのが頭をかすめると、「ああ…テキトーなんだな」と、とたんに目の前で繰り広げられてるアレコレがガッカリなモノに見えてきて、興ざめしてしまうのでありました。<small>(註釈02)(註02)</small>
周囲のディティールがテキトーだから、根幹のデタラメを支え切れず、全体的にタワゴトになった。
あたしは根に持ったんですね。ともかく。あたしは正直、根に持ったんですね。ともかく。
どうして「芝居」そのものだけに集中して楽しめなかったかと言うと、'''どうしてそこばかり気になるかというと、この芝居を「現代日本演劇のルーツ」シリーズと銘打った、その一貫として堂々とリリースしてるからこの芝居が「現代日本演劇のルーツ」シリーズと銘打たれ、その一環として堂々とリリースしてるから'''なのであります。かつ、別の芝居で文化庁芸術祭賞新人賞をもらっている劇団のやっていることなのだ。なのであります。しかも、別の芝居では文化庁芸術祭賞新人賞をもらっている劇団のやっていることとなれば、そりゃあ意識するでしょう!
つまり先回から1年経っても、なんのエクスキューズも無く、シャアシャアと「仮名手本忠臣蔵原作」を言い引きずっている態度は、「ルーツ」や「忠臣蔵劇」を軽視しているのか、それとも、どうせ客にはわからないだろうという侮辱なのか、…いずれにしろひじょうに印象が悪い。なのに先回から1年経っても、なんのエクスキューズも無く、シャアシャアと「仮名手本忠臣蔵原作」を言い引きずっている態度は、「ルーツ」や「忠臣蔵劇」を軽視しているのか、それとも、どうせ客にはわからないだろうという侮辱なのか、…いずれにしろひじょうに印象が悪い。
こう言っちゃ悪いかもだけどコレ、ユーザーに対して、食品に偽装ラベルを貼る業者と、同じあやまちを犯している。(同時に、過去にこの劇団が上演しているという、カミカケテとかアブラジゴクはちゃんとやってて、仮名手本だけがこんななのか、それともいつもだいたいこんなふうなのかという不信感もつのる。)こう言っちゃ悪いかもだけどコレって、ユーザーに対して、食品に偽装ラベルを貼る業者と、同じあやまちである。(同時に、過去にこの劇団が上演しているという、カミカケテとかアブラジゴクはちゃんとやってて、仮名手本だけがこんななのか、それともいつもだいたいこんなふうなのかという不信感もつのる。)
その非礼のアレコレを挽回するほどの衝撃は、作品からは、ひびいてこなかった。
演出家さんの往生際の悪さを、周囲の誰も諌めることが出来なかった(同調圧力なのか、それとも不勉強なのか)、この団体をとりまく現場全体の限界もそこに見るのであります。(本作が「仮名手本を原作にして創作した脚本家の作品」なんだと、責任転嫁みたいな説明がビラにあるが、こう書かれていることを脚本家さんは納得づくなのかなあ。作品は、完全な赤穂事件のモジリであって、忠臣蔵要素<small>(註釈03)(註03)</small>のチの字も出てこないのだけど…。)
伊丹までいそいそと観に行った自分がいとおしいので、ギリ星2つとさせていただきます。役者さんみんな良かったし。([[大野九郎兵衛]]の人だけ、フワフワっとしていたけど。ちなみに九郎兵衛も四十七士。)
 
(あとあのー…役者さんが、あたしが描いたイラストを、ツイートしてくださってるご様子だしw<という手心<small>(出典:原由恵さんツイッター/公演期間中の投稿)</small>)
註釈01…以下ネタバレ。本作で一番特徴的なのは、討ち入りのあとに上杉が攻めて来れば戦争になるから、それでこの世をまた戦国時代にしようという赤穂浪士の思惑。なかなかユニークなデタラメだが、構成がいたって堅苦しく、長〜い立ち話と、ありえない相関関係(外様大名が急に吉良クラスの高家衆に(高家は完全血統主義なのに)配置替えになったり、公家が浪人を遊里で接待したりをギャグじゃなく、やる)のせいで、デタラメの註01…以下ネタバレ。本作で一番特徴的なのは、討ち入りのあとに上杉が攻めて来れば戦争になるから、それでこの世をまた戦国時代にしようという赤穂浪士の思惑。なかなかユニークなデタラメだが、構成がいたって堅苦しく、長〜い立ち話と、ありえない相関関係(外様大名が急に吉良クラスの高家衆に(高家は完全血統主義なのに)配置替えになったり、公家が浪人を遊里で接待したりをギャグじゃなく、やる)のせいで、デタラメの"格"はガタ落ちで、バラエティ性も完全に霞んだ。
また、討ち入り自体が討ち死に覚悟の戦争なのが実際だが、現代人の後知恵視点で書いてるから、この物語は、討ち入り成功「確定」前提の上に、珍作戦が成り立っている。
註釈02…公演を宣伝するネットやフライヤーからは「仮名手本忠臣蔵」の文字が消えていたので、ホッとしてたのに…。あたしが「原作」の意味を取り違えているのかなあ。註02…公演を宣伝するネットやフライヤーからは「仮名手本忠臣蔵」の文字が消えていたので、ホッとしてたのに…。あたしが「原作」の意味を取り違えているのかなあ。
<加筆> あとで気づいたんですけど、こちらの劇団のホームページで仮名手本忠臣蔵を「近松門左衛門原作」なんて言ってて…、コンセンサスも取れてなければ、どうやらそもそも根本的にご存じない方々だったらしい。'''熱吹く相手を間違えた'''…。ここであれこれ言えば言うほど、ロジハラになりかねないなと悟り、深追いはやめることにしました。いや、ちょっと乱暴なことを言って失礼しました。。
註釈03…いわゆるおなじみの名場面アレコレの話。しっかし近頃の芝居や映像作品は、作家の手から手へ渡されてはぐくんだソッチではなく、だれもかれも、とかく赤穂事件をハナから題材にとってどうにかしようとする暴挙が目立つ。一方で歌舞伎も講談も見ない。註03…いわゆるおなじみの名場面アレコレの話。しっかし近頃の芝居や映像作品は、作家の手から手へ渡されてはぐくんだソッチではなく、だれもかれも、とかく赤穂事件をハナから題材にとってどうにかしようとする暴挙が目立つ。一方で歌舞伎も講談も見ていない?
古人曰く「型を会得した人間がそれを破ることを『型破り』というのであって、型のない人間がそれをやろうとするのは、ただの『かたなし』です。」

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