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もりいくすお

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 物心ついた時からすでに絵を描くのが好きだったくすおは、幼稚園([[おニャン子版忠臣蔵|「夕ニャン」]]で'''[[浮橋太夫]]'''をやった工藤静香が編入&中退し、'''[[ホリ|堀部安兵衛の妻・ホリ]]'''を演じた[https://www.kusuya.net/%E3%83%9B%E3%83%AA#/media/File:Fukatsu_hori.jpg 深津絵里]が卒業した、日本音楽高等学校の付属幼稚園)の頃から「モーレツア太郎」や「帰ってきたウルトラマン」を描いておともだちに喜ばれては、得意になっていた。
 小学校に上がるや、担任による「給食を全部食べなければ帰宅を許さない」という所謂「完食教育」の体罰が効いて、会食恐怖症となり、元来、ひとりっ子で独占欲が強く、食い意地が張ってるはずのもりいには、この症状は卒業するまで給食が苦痛でしかなかった(香りや味が 小学校に上がるや、担任による「給食を全部食べなければ帰宅を許さない」という所謂「完食教育」の体罰が効いて、会食恐怖症となる。元来、ひとりっ子で独占欲が強く、食い意地が張ってるはずのもりいには、この症状は小学校を卒業するまで給食を、苦痛な時間に変えてしまった(香りや味が"良い思い出"として残っていてもである)。  いつスイッチが入るかわからないこのコンプレックス(「平らげなければ!」という強いプレッシャーを感じると、とたんに胃腸が活動を止めて喉がつまり、吐き気とともに食べ物を飲み込めなくなる症状)には40歳を過ぎてもときどき苦しめられたが、忠臣蔵に目覚めた2008年、故・国本武春師匠にご馳走になった成田の『川豊』本店のうな重を食べ残したのを最後に、なぜか(ようやく)憑き物が取れたように、すっかり克服できた。
 いつスイッチが入るかわからないこのコンプレックス(「平らげなければいけない!」という強いプレッシャーを感じると、とたんに胃腸が活動を止めて喉がつまり、吐き気とともに食べ物を飲み込めなくなる)には40歳を過ぎてもときどき苦しめられたが、忠臣蔵に目覚めた2008年、故・国本武春師匠におごってもらった成田の川豊本店のうな重を食べ残したのを最後に、なぜか(ようやく)すっかり克服できた。
 雑誌の「テレビランド」や「小学四年生」「小学五年生」に投稿して絵を掲載してもらう印刷初体験をする。同時期に「おはようこどもショー」のコーナーでつボイノリオの背景に絵を採用された放送電波初体験もした。(放送をした日本テレビは当時'''赤穂浪士が潜伏した麹町'''にあったが、現在、汐留の'''仙台藩芝口上屋敷跡'''にある。討ち入り後に赤穂浪士に粥を振る舞ったお屋敷である)
 勉強のじゃまになったり、他人の机を落書きで汚したり、いかがわしい絵を描いたりという悪行に対してしばしばマンガ全般禁止令が出るが、今にして思えば抑圧はますます「描きたい」という情熱を奮い立たせた。
 
 
 
== 10代 ==

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