忍びの忠臣蔵

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作品概要
制作会社 フジテレビ
公開年度 1981年
内蔵助役 岩井半四郎
評価 3ツ星


<ネタバレ注意>


〜ネガティブ感想〜

忍者の視点から見た忠臣蔵。

荒木十郎右衛門の放った忍者をショーケン(萩原健一)が演じる。

途中で任務がイヤになっちゃって、大石内蔵助に肩入れし、ラストは色部又四郎の放った忍者との一騎打ち。

忍者の目を通して見ても事件事態はおなじみの展開。


70年代後半から80年代のショーケンはナニが気にくわないのか、いっつも暗い顔をしてダミ声で演技を続け、重かったが、そんなショーケンが忍者姿になって活躍してるのが新鮮。

このショーケンを眺め続ける以外にこれといった魅力が無い。

彼に惚れてしまう旅籠の娘が事件に巻き込まれて死んでしまうとか、チョイチョイ出てくる「おれたちには墓場は無い」と言うセリフとか、忍びの宿命=無常観を強調したいのかしたくないのか、ショーケンがかかえる重みがどうもこっちに伝わってこないのだ。

これは、工藤監督がお茶の間向きにバラエティ色を増やしたからかな?と思った。ショーケンが手裏剣を投げたり、水に潜ったりすることを始め、とぼけた女房の吉田日出子とか、うれしいサービスなのだが…いや、そういう具体的なシーンが問題ではなく全体のムードにゆるいブレを感じる。

これは70年代の必殺シリーズのハードボイルド路線を80年代以降、グッとバラエティな感じにした同監督のノウハウなのかもしれない。あたかもこういう"徹底しない"テイストこそが80年代向きなのだ、というような。


この作品は1968年に日テレで放送のあった「お庭番」(#3〜4「元禄十五年」)という、菊島隆三 脚本のドラマを、当時と同じ監督・工藤栄一がリメイクしたものだそうで、こうなると、原作ドラマのほうをひじょうに見たくなるのであります。註釈01



〜ポジティブ感想〜

 否。10年ほど経って、あらためて見てみると、すごくおもしろかった。


 80年代というシラケ時代に、堂々がっぷりと赤穂事件と組んでいる。(いっぽうで、ショーケンの妻役・吉田日出子の聞き取りにくい、まるで手元の手紙をとうとうと読み進むような、マンブリングのナレーションは、小難しいことをスキップしてるかのようにも受け取れるが、これは、自分たちを巻き込んだ赤穂事件に対する噴飯を表している。)


 さすが70年代からずっと、お茶の間に裏稼業の生き様を説き続ける「必殺シリーズ」の名監督・工藤栄一の造る構図と、光と影の織りなす絵作りの中に生きる登場人物たちは、とっつきやすく、怖く、虚しく、菊島脚本も、松の大廊下事件以降の各藩の出方に興味がそそられ、出だしからたいへん魅力的である。

 配役も良い役者が当てられていて媚びていない。

 荒木十郎右衛門(成田三樹夫)の放つショーケンの好敵手として、色部又四郎(<吉良への関心が希薄な人物)が放つ間者に佐藤允が当てられているが、持ち前の爽やかさがショーケンの暗さと対象的で良いバランスだし、赤穂に入るのに、居酒屋で「こんな時でないとご恩返しが出来ん」などと言って元・赤穂藩士を装ってるところなどは、「忠臣蔵 花の巻雪の巻」の不破数右衛門を想起させられて楽しい。

 ショーケンに惚れる旅籠の娘(池上季実子)や、弟分(江藤潤)が無情に命を落とす虚無感も、「忍びもの」ならでは。


 すごくハラハラもするし、いったい10年前、どういう虫の居所で酷評したのだろう。

 もしかしたら初見からこっち、同年公開の「魔性の夏」などを観たり、ショーケンを失ったりしたことで、彼の仕事ぶり全体を肯定的に懐かしく受け止められるようになったのかもしれない。ご存命中は、マカロニ刑事や前略おふくろ様の、少しコミカルな彼にこだわりすぎていた。

 ショーケンの演技を「ふてくされてる」とさえ思わなければ、本作はじゅうぶんな見応えの作品。というわけで、2020年、星を一個追加。


註釈01…本原作となっている1968年のテレビ番組「お庭番」は前年の「」とともに、小国英雄、菊島隆三、橋本忍、井手雅人らによる企画。