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通し狂言 仮名手本忠臣蔵

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'''喧嘩場'''(館騒動)(館騒動)(足利殿中松の間の場)
 松の廊下で喧嘩〜刃傷。
三段目裏 '''戸塚道行きの場''' (歌舞伎。日本舞踊) (歌舞伎。日本舞踊)(返し、戸塚山中の場)
 通称「落人」。清元「道行旅路の花聟」
== '''四段目''' ==
「塩冶館の場」。「塩冶館の場」(扇ヶ谷塩冶館)。
'''花献上花献上の場'''(花籠の段)
 上屋敷で事件を知った身内が、弱っちゃってるところ。
'''表門 城明け渡しの場'''(塩谷館表門の場)
 塩冶家の閉ざされた門の外で、由良之助が朝までおり、夜明けに「ある決意」をする。映画やドラマや浪曲もおなじみの「城明け渡し」に該当するシーン。
<附言「日本の喜劇人」(小林信彦・新潮文庫)によると、この「城のほうが下がっていく演出」は、古川緑波による昭和17年の「四十七分忠臣蔵」において、時短のために緑波がアチャラカで考案したものとある。
 どっちが先なのだろう…と思ったら「演技の伝承」(川尻 清潭 著)に、大正〜昭和に活躍した晩年の団十郎(9th)が「大掛かりに丸物の赤門を飾らせ、それをそのまま斜めに後へ引き下げて(略)が評判よく、以来大劇場の上演では(うんぬん)」とあったので、緑波がリスペクトしたものと推測いたします。ごちゃごちゃすいません。>が「大掛かりに丸物の赤門を飾らせ、それをそのまま斜めに後へ引き下げて(略)が評判よく、以来大劇場の上演では(うんぬん)」とあったので、緑波がリスペクトしたものと推測いたします。ごちゃごちゃすいません。  (加筆)大阪でやる時は「三段返し」といって、書き割りを"ページをめくるように"パタパタだんだん遠くなる背景に畳んでいくやり方だとか。>
 ライブで見るとイノシシが写真やDVDで見るのより小ぶりに感じてかわいい。舞台をそのまま通過したりグルッと一回りしたり、茂みに引っ込んだりソデに引っ込んだり、ナマイキにいろんなバリエーションがある。
 
 人形浄瑠璃のほうのイノシシは、昔と今とデザインが違うようで、DVDに出てくるのはディティールが細かくリアルでもう一つかわいらしさに欠けるが、昭和時代は小ぶりの小さいふにゃふにゃした、かなりの脱力系でなかなかラブリーであります。
 事件がきっかけで破断になった婚約者=二段目に出てきた小浪と[[戸無瀬|お母さん]]が押しかけ女房しに、幸せな夫婦生活などをあれこれ想像しながら京都山科の大星家へ行く、東海道の道のり。
 富士山を背景に、オープニングで切り出しのむこうに花嫁行列の絵が通るのがチープな感じでかわいく観客の笑いを誘う。(人形では大鳥毛みたいな道具の頭だけしか出てこない。) 富士山を背景に、オープニングで切り出しのむこうに花嫁行列の絵が通るのがチープな感じでかわいく観客の笑いを誘う。(人形では大鳥毛みたいな道具の頭だけしか出てこない。←このときは大名行列。)
 平成20年の中村座で初めて見たが、「原作に忠実」が建前のためか錦絵に見る女馬士おやまや奴角助が出てこなかった。文楽でもこの母子ふたりきりだった。 平成20年の中村座で初めて見たが、「原作に忠実」が建前だったためか、錦絵に見られる"女馬士おやま"や"奴角助"が出てこなかった。
 昭和61年国立劇場開場20周年のとき(中村歌右衛門6th×中村松江5th)のビデオを見たら、うかれた奴(やっこ)の吉平と運平の踊りがあり、その間母子は舞台袖に下がっていた。
 奴の二人はいわば息抜き的な陽気な役割だった。イヤホンガイドによると「江戸の浄瑠璃の清元や常磐津で演じるときや、ほかに女馬子とか伊勢参りの旅人や商人が絡むこともございます」というからいろいろとゲストにバリエーションがあるようであります。(たしか浮世絵にも女馬士おやまとか、イケメンの奴角助なんてのが描かれている)
 
 「忠臣蔵」は踊りが無いから、いろんな点景人物を踊りの名人にたっぷり踊ってもらうコーナーというおもむきもあるらしい。(なので、"踊り""ゲスト"という要素から、人形浄瑠璃ではそもそも登場しない)
 踊りがいいんで、清元「おかげ参り」という独立した踊りにもなっている。NHK総合でときどきかかる。
 
 2025年1月、新橋演舞場で市川團十郎のワンマンショー「双仮名手本三升」(ならべがき まねて みます)で、ぼたんさんと新之助さん(13歳と11歳)が踊ってシビレた💕。
 また、09年12月にラジオにうかがった際、義太夫の豊竹咲大夫先生から「顔世、お軽、戸無瀬…とにかく仮名手本の女子ばかりを集めて法要する滑稽浄瑠璃 忠臣蔵九半目というのがある」とうかがった。
 本サイトの[[早野勘平]]の記述における五段目の「五段目で運のいいのはシシばかり」というのはこの中の坊主の念仏の文句にあるようであります。の記述における五段目の「五段目で運のいいのはシシばかり(「五段目で儲けたやつはシシばかり」とも)というのはこの中の坊主の念仏の文句にあるようであります。
 討ち入りのための武器調達をした豪商、[[天野屋利兵衛|天河屋(天川屋)義平]]のはなし。
 義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年ではこれらと2009〜2010大阪の新春大歌舞伎。平成28年国立劇場会場50周年記念でしか上演されていない。 義平の忠義を試すために浪士がいろいろ詰問するが、義平は口を割らない。
 前後があってこそ引き立つ段だから、単独じゃ客入りが見込めないんで上演回数が少ないのかと思ってたが、ものの本で加賀山直三氏が「この一段はつまらない。愚作」と一蹴。 上演が少なく、あたしが見たのはCSで放送された1959年2月歌舞伎座の中村吉右衛門劇団、市川猿之助一座、中村時蔵参加による「忠臣蔵」通し上演。昭和61年、国立劇場開場20周年のときの全段通し。〜以上の録画。近年では2009〜2010大阪の新春大歌舞伎。平成28年国立劇場会場50周年記念。令和5年3月大歌舞伎。  前後があってこそ引き立つ段だから、単独じゃ客入りが見込めないんで上演回数が少ないのかと思ってたが、ものの本で加賀山直三氏が「この一段はつまらない。愚作」と一蹴。くわえて「季刊雑誌 歌舞伎」では、幕末以降、徒党を組むとか武器の密造というネタ自体が上演の遠慮を産んだんじゃないかと坂東三津五郎(9th)は言っている。
 義平の侠気はかっこいいし、ハッピーエンディングだし個人的には大好きだが、たしかに九段目までの貫禄の由良助が、「みんながそんなに言うなら、気持ちを試してみるかぁ」というコンセプトでつづら(長持ち)の中に潜んで義平にドッキリをしかけるという趣向はなかなか「浮いてる」かも。人を試して結局謝るという、かっこわるいかんじだし。七段目の孔明的なキャラがブレる。ちなみに国立劇場開場20周年ではつづらから出てこないで後ろの戸を開けて出てきた。
 
 令和5年3月大歌舞伎のときは、単独で十段目のみがかかった。中村芝翫(8th)が天川屋で、幸四郎(10th)が由良之助だったが、長持ちから出てくるバージョンだったにも関わらず、有り様や間合い、タイミングなど細心の注意を払って演出を心がけているように見え、滑稽にはなっていなかった。
 
 そのほかにも離縁した天河屋夫婦の復縁まで世話をするなど、討ち入り直前にしては手の込んだ「よけいなこと」をしすぎで(おかげで上演時間が長い)、たしかに異色作。
 上演の機会が少ない(=不人気な)二段目とこの十段目は、どっちも連作者・三好松洛の作ではないかと森 修先生は言っている。
 
 
 令和5年版のように、「通し」とは切り離したほうがかえって引き立つかもしれない。
 
(天川屋見世の場)歌舞伎DVD未収録。
 つかみ合いとか雪の投げ合いとかが逆に新鮮。歌舞伎って池とかに落ちた人が這い上がってきた時の演出がかわいい。
 この一騎打ちは「二十四時忠臣蔵」(じゅうにとき ちゅうしんぐら)という別の作品の討ち入りを持ってきてのアレンジらしいが、最近はスタンダードになってる印象。 この一騎打ちは「[[二十四時忠臣蔵|十二時忠臣蔵]]」(じゅうにとき ちゅうしんぐら)という別の作品の討ち入りを持ってきてのアレンジらしいが、最近はそれがスタンダードになってる印象。
'''焼香の場'''(光明寺焼香の段)
 ちなみにチャンバラのあと殿の墓前のシーンもある。

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