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忠臣蔵 花の巻雪の巻

358 バイト追加, 2024年11月26日 (火) 13:28
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 まんまとごまかされて本陣をあとにする役人だが、その際になぜかみな、酔っ払っている。おそらく、たらふくごちそうをされて煙に巻かれたのだろうと予想できるが、そのシーンが無いのだ。
 そこを不審に思ってシナリオに目を通してみると、じつは脚本では、役人を丸め込んだあとの、モリシゲと女房とのやり取りがもう少し長く、そこでは内蔵助に白紙を見せられたときの斟酌や決心。自分が正しいことをしたという気持ちを打ち明けている。 そこを不審に思ってシナリオに目を通してみると、あにはからんや「宿屋(脚本では”本陣"としてある)の主人にまんまとごまかされる役人」たちがごちそうされるシーンはもともと存在せず、ト書きに「荒賀たち役人、出て行く。少し酒が入っているらしい。」とあるだけ。ついでに言うと、じつは脚本では、役人を丸め込んだあとの、モリシゲと女房とのやり取りがもう少し長く、そこでは内蔵助に白紙を見せられたときの斟酌や決心。自分が正しいことをしたという気持ちを打ち明けている。
「白紙(しらかみ)の目録を見せられたとき、わたしはピン!ときたんだ。大石さまは、日本中の人間が思わずそうだ!と手を叩くようなことをしようとしておられるのだ。はっきりそんな気がしたんだ」
 夫婦は雲水(行脚の僧)となった[[寺坂吉右衛門]](生きてた!但馬に向かう途中なのである。)を見送ったあと、生まれた赤ん坊に「お前の代になったら、この話は大きな声で話せるようになるぞ」と語りかけている。
 シナリオでは序盤…中盤…終盤と、定期的に大衆代表のモリシゲ夫婦が出てくることで時間の経過、または赤穂事件が後世にまで語り継がれる未来について言及して、作品全体を柔らかくまとめる有益な役割がかなり重たく働いているのに、中盤を一部削除してラストをまるまるカットすることで、ひじょうに中途半端な…それどころか違和感まで残すクオリティになってしまっている。あれば本作の個性は「まともすぎる」などと言われる筋合いのない、より際立った作品として残った気がする。 シナリオでは序盤…中盤…終盤と、定期的に大衆代表のモリシゲ夫婦が出てくることで時間の経過、または討ち入りの意義。赤穂事件が後世にまで語り継がれる未来についてまで言及して、作品全体を柔らかくまとめる有益な役割がかなり重たく働いているのに、中盤を一部削除してラストをまるまるカットすることで、ひじょうに中途半端な…それどころか違和感まで残すクオリティになってしまっている。あれば本作の個性は「まともすぎる」などと言われる筋合いのない、より際立った作品として残った気がする。
 …とは言うものの、2022年7月。国立映画アーカイブ(長瀬記念ホール ozu)の「東宝の90年 モダンと革新の映画史」で本作が上映されたとき、このモリシゲのシーンは、ほかのおおぜいの観客(東宝映画やスターをこころえていて、金語楼や脱線トリオが出てくるだけで笑える世代)と一緒に見ていると、印象がかなり違った。

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