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忠臣蔵ー花に散り雪に散りー

841 バイト追加, 2025年4月6日 (日) 14:31
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{{Cinema|制作=宝塚雪組|公開=1992|内蔵助=杜けあき|星=2|頃=}}
[[画像:Takaraduka.jpg|thumb|公開当時のパンフレット]]
宝塚!?と最初は想像もつかなんだが、見てみると意外にすんなりなじんでいる。宝塚!?と最初は想像もつかなんだが、見てみると意外にすんなりなじんでいる。(本をもらうまでは出演者も不安だったと杜けあきさんは言っている<small>(「宝塚スペシャル さよなら杜けあき」)</small>
宝塚はどんな題材でやってもちゃんとミュージカルにしちゃうからスゴい。
オープニング「よいよいよーいや、よよいや、ヒャ〜!」という能天気な歌で始まるがこれが意外に元禄時代のゆるさを一発で表現している気がした。オープニング「よいよいよーいや、よよいや、ヒャ〜!」という能天気な歌で始まるが、これが意外に元禄時代のゆるさを一発で表現している気がした。
旧宝塚大劇場(<最後の公演にあたる)がデカイんで松の廊下も華やかで立派だし、やっぱ撞木町は華麗。そうした空気をのびのび見せられるのも旧宝塚大劇場の舞台のデカさが効いていて、その後も松の廊下も華やかで立派だし、やっぱ撞木町は華麗。(加筆:大きさだけで言うと、この公演のあとに再建された新宝塚大劇場のほうが大きいっちゃあ、大きい)
(さらにさらに加筆)・・・これが後述の「朗読劇」で1時間半にバッサリ刈り込んで、すごく整理されたという。ご出演のみなさんで泉岳寺に浅野内匠頭と大石内蔵助の追善供養をされた際に(もりいくすお随行)、杜けあきさんが故・柴田侑宏先生のお写真をお持ちになっていらしたので、先生も「まぁ、ええやろ」と大目に見てくださったかと思います。笑)
 
杜けあきさんの退団公演でもあり、最後の最後内蔵助の彼女が「もはやこれで思い残すことはござらんっ!」と言ってハケるサマは内蔵助の辞世ともかぶってなかなかジーンと来る。(台本には無いセリフ。ちなみに新人公演では香寿たつきさんが内蔵助だったようだが、「思い残すことはござらん」は言うたんかな。(<2025年加筆。機会があって香寿たつきさんにうかがったら「わたしもそのセリフで演りました」とのことでした。))杜けあきさんの退団公演でもあり(旧宝塚大劇場の最後の公演にもあたる)、最後の最後、内蔵助の彼女が「もはやこれで思い残すことはござらんっ!」と言ってハケるサマは内蔵助の辞世ともかぶってなかなかジーンと来る。(台本には無いセリフを杜けあきさん退団に合わせてわざわざ柴田先生が足したセリフ「コレをいうときは大石内蔵助から半分、杜けあきに戻っていいぞ」というお言葉があったとか。<small>(「宝塚スペシャル さよなら杜けあき」)</small> ちなみに新人公演では香寿たつきさんが内蔵助だったようだが、「思い残すことはござらん」は言うたんかな。(<2025年加筆。機会があって香寿たつきさんにうかがったら「わたしもそのセリフで演りました」とのことでした。)
(2018年加筆)当舞台で[[中村勘助]]を担当した汐美真帆さん(当時デビューから3舞台目)と、喰始先生のご自宅でご一緒した時「これの再演がないのは、内蔵助役を演る人がいても安兵衛役などほかの義士の配役が、現在難しいのじゃないか」というお話をうかがった。
(2025年加筆)奇跡的に、杜けあきさんにも同じようなご意見を伺いました。(2025年加筆)奇跡的に、杜けあきさんにも同じようなご意見を伺いました。(メンツもさることながら、実は1992年の公演では男役が足りなくて44人で演ったという。)
市川右太衛門も言っていたが、会社とスタッフとキャストがバチッとメンツと足並みが揃わないと成功しない謎の演目が「忠臣蔵」でございますな。市川右太衛門も言っていたが、会社とスタッフとキャストがバチッとメンツと足並みが揃ってこその特殊な演目が「忠臣蔵」でございます。
(2025年加筆)再演は実現がないものの、2025年3月に東京のよみうり大手町ホール、兵庫県立芸術文化センター阪急 中ホールで、朗読劇『忠臣蔵』が上演された。残念ながら未見。(小乙女幸さん(中ホールで、朗読劇『忠臣蔵』が上演されて大成功。残念ながら未見。(小乙女幸さん([[大石りく|りく]])に「ええッ見てないんですか!?」と言われて、穴があったら入りたかった。)
「作品の魅力を継承しつつ、歌と台詞の力を通じて作品の芝居としての新たな一面をお届けいたします。」と、宣伝文句にある。

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