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元禄あばれ笠〜浪曲忠臣蔵より〜

930 バイト追加, 2026年1月7日 (水)
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実は、見たのは戦後(1953)にマキノ雅弘監督の「次郎長三国志第三部 次郎長と石松」と併映された'''改題&短縮版'''(を、東宝ビデオがVHSでリリースしたもの)である。オリジナルタイトルは「浪曲忠臣蔵」。スチルを見ると「田村邸の別れ」を確認できるがこの短縮版ではカットされちゃって存在しなかった。(を、東宝ビデオがVHSでリリースしたもの)である。オリジナルタイトルは「浪曲忠臣蔵」。スチルを見ると「田村邸の別れ」を確認できるがこの短縮版ではカットされてしまって存在しなかった。
57分作品。オリジナルは73分。なお、改題タイトルにある「元禄あばれ笠」についての意味は映画の内容からは一切不明。
また、当時の国家体制から言うと、討ち入りが無い忠臣蔵を作った背景には予算の関係もあるだろうが、"幕府の命令に背いて主君の仇討ちを果たす"という物語が、当時の「忠義=国家への服従」という価値観に反する反逆的な行為として扱われる可能性がある。
 
 
 
<附言>
 
吉本興業は1930年代にスポーツや映画といった分野にも積極的に参加していた。日活と提携した製作第一作が、浪曲入映画「佐渡情話」。大ヒットしたそうで、そのときも寿々木米若が参加している。
 
その後、東宝が映画界進出に乗り出し、吉本とも提携。当時、林正之助(のちの吉本興業会長)は東宝の取締役に就任している。
 
1939年。松竹がごっそりとタレントを引き抜く「新興引き抜き騒動」に於いて、残留した川田晴久(←ほかの"あきれたぼういず"メンバー坊屋三郎、芝利英、益田喜頓らは持っていかれた。)、大スター柳家金語楼、そして映画だけ吉本と契約していた広沢虎造らが、この映画をささえてくれている。<small>(参考:「吉本興業 百五年史」)</small>

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