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ヘルメットをかぶってない&ボスキャラのデザインがまるで違う映画「CASSHERN」とか、人を殺さない主義の!?戦国忍者「RED SHADOW 赤影」とかを(その不評とともに)思い出した。赤影」とかを(それらの不評とともに)思い出した。
なんで近年のリメイクは、わざわざ定番をぶちこわすのか?
また、脱盟者が言い分として「わたしは殿の顔も見たことないのに、なんのために貧乏してまでXデーを待ってなくちゃいけないんだ??」というような、歴史バラエティに出てくるような'''こざかしい視点の近代的な発想'''をふりかざすのが、甚だナンセンス。(似たニュアンスのセリフは「 [[東芝日曜劇場 女たちの忠臣蔵〜いのち燃ゆる時〜|女たちの忠臣蔵]]」や「[[最後の忠臣蔵]](TV版)」にもあるが、あくまで死にゆこうとする浪士との別れを惜しむ女が駄々をこねる際に出てくるセリフ。家来や家臣には顔を知る知らないよりも代々禄をもらってる大恩があるではないか。)
これ、ダメでしょう。
最終的に、吉良は自分の言い分をぶちまけて死んでいく。それを聞かされたこっちはもう、7時間もなにを見せられていたのかブレブレの後味。
1950年代に脱盟者に焦点を当てた作品が量産されたがやがて路線がまた本寸法に戻った。評論家の佐藤忠夫さん曰わく「'''「忠臣蔵」は期待通りにハナシが進展しないと観衆の不興を買う。'''」<small>(文藝春秋デラックスS.51第二巻第一号)</small> あるいは二度の「忠臣蔵」([[ 忠臣蔵 風の巻・雲の巻|仲代版]]。[[忠臣蔵|北大路版]])を成功させたプロデューサー能村庸一氏は著書で曰わく「'''忠臣蔵はオーソドックスにかぎる。'''」<small>(「実録テレビ時代劇史」野村庸一ちくま文庫)</small>