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峠の群像

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忠臣蔵がキライというヒトの中には「出てくる人がみんな立派すぎる」という点を上げる人がいる。深作欣二監督などもそう言ってた<small>(出典:キネマ旬報1994 NO.1145)</small>。
この「峠の群像」は登場人物がひじょうに人間くさく描かれており、それらしいエピソードや人物描写で物語を構成することにより、どんな人だって正しいときや間違ってるときはあらぁな。というスタンスをつらぬきながら「とりたてて立派なわけではない」ヒトたちが、それぞれ思い思いの目的で、最終的に討ち入りという目標に向かってどんどんまとまっていく忠臣蔵を完成させた。まさに画期的と言っていい傑作。この「峠の群像」は登場人物がひじょうに人間くさく描かれており、それらしいエピソードや人物描写で物語を構成することにより、どんな人だって正しいときや間違ってるときはあらぁな。というスタンスをつらぬきながら「とりたてて立派なわけではない」ヒトたちが、それぞれ思い思いの目的で、最終的に討ち入りという目標に向かってどんどんまとまっていく忠臣蔵を完成させた。まさに画期的と言っていい傑作。(加筆:「グラフNHK」1982年6月号によれば「スーパーヒーローではない大石内蔵助」という表現で同番組を紹介しているところから、「とりたてて立派なわけではない」のは狙いのようであります。)
連絡の行き違いから畳替え事件が起こり、そのことで[[吉良上野介|吉良]]が[[柳沢吉保|柳沢]]に怒られるであるとか、[[浅野内匠頭|内匠頭]]の同僚で年下の[[伊達左京亮|伊達君]]のほうが要領がよく差がついてしまうであるとか、「言い方」の問題や「行き届かなさ」「相性」などで浅野と吉良の関係が重たくなっていったり、おなじみのエピソードが、実際生きてて会社でありそうな成り行きでアレンジされているのがたいへんおもしろく、序章でハートを捕まれ、そのまま最後までグイグイ引き込まれていく。(加筆:けっこう冒頭から、武士のプライドについても登場人物絡みでちょいちょい挟まれており、松之大廊下事件の布石になっている)のほうが要領がよく差がついてしまうであるとか、「言い方」の問題や「行き届かなさ」「相性」などで浅野と吉良の関係が重たくなっていったり、おなじみのエピソードが、実際生きてて会社でありそうな成り行きでアレンジされているのがたいへんおもしろく、序章でハートを捕まれ、そのまま最後までグイグイ引き込まれていく。(加筆:けっこう冒頭から、武士のプライドについても登場人物絡みでちょいちょい挟まれており、松之大廊下事件の布石になっている)(加加筆:原作&脚本の堺屋太一に言わせると「世の中というのは99%まで、善意の人との触れ合いの中で問題が起きているんです。(略)ところが善意で行動することが相手にとっては非常に迷惑だ、気にさわるということがいっぱいある」と言っていて、吉良は悪役ではないと明言している。<small>(出典:NHK大河ドラマ・ストーリー 峠の群像)</small>)
本作品の特徴として際だっているのが「倒産後も地元の塩田の経営存続はできますか?」というテーマが大きく取り上げられている点であり(原作者が経済評論家だからか)、討ち入りとのコントラストが興味深い。本作品の特徴として際だっているのが「倒産後も地元の塩田の経営存続はできますか?」というテーマが大きく取り上げられている点であり、討ち入りとのコントラストが興味深い。(原作者が経済評論家だからっていうのもあるが、そもそもタイトルに忠臣蔵関連ワードを使わないのも含めて、いろいろ新しい視点に挑戦しようというスタートだったらしい<small>(出典:「大河ドラマの黄金時代」春日太一NHK出版</small>)
倒産した浅野の旧臣が新しい会社に拾ってもらうわけだが、一方で別の残党は殺人を計画してるのだから穏やかではない。間に入って文字通り東奔西走する架空の人物・赤穂藩士の石野七郎次(マツケン)がいいアクセントになっている。
地味な存在だが、つねに弱者の立場の視点でエピソードにかかわってくる中村梅之助演じる[[近松門左衛門]]が、浪士の切腹周辺からグググッとかっこよく、最終的にシンボリックで圧倒的。
 
 
== 批判 ==
本作は数ある「忠臣蔵」ものの中でも、史実的にはひじょうにまっとうな再現をしている作品だそうであるが、演出面での現代劇的なアプローチが琴線に触れて、飯尾精氏は「異議あり忠臣蔵」の中で本作にいろいろダメ出しをしている。本作は数ある「忠臣蔵」ものの中でも、史実的にはひじょうにまっとうな再現をしている作品だそうであるが、演出面での現代劇的なアプローチが琴線に触れて、飯尾精氏は「異議あり忠臣蔵」<small>(新人物往来社)</small>の中で本作にいろいろダメ出しをしている。
また、当時「週刊朝日」で、本作についてのコラムを毎週連載していたチーフプロデューサーの小林猛氏は、再三に渡る視聴者からの投書やクレームに辟易しているようなコメントをしており、「批判者」という言葉まで使っているまた、当時「週刊朝日」で、本作についてのコラムを毎週連載していたチーフプロデューサーの小林猛(←初の大河での担当P)氏は、再三に渡る視聴者からの投書やクレームに辟易しているようなコメントをしばしばしており、「批判者」という言葉まで使っている<small>(週刊朝日82.9.10号)</small>。
この番組だけ抜きん出て批判にさらされていたのか、それとも大河は代々、難癖をつけられるものなのか…。と、思ったが、大河第2作「赤穂浪士」のときから「サツタバ番組」などと言われてた<small>(「実録テレビ時代劇史」野村庸一ちくま文庫)(「実録テレビ時代劇史」P129野村庸一ちくま文庫)</small>というから、伝統なのかな。