「尾上松之助の忠臣蔵」の版間の差分
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これがBS2で放送があったときは「明治43年〜大正6年頃」の製作であると、スーパーで入っておりますが、「日本映画データベース」によると1910年(M43)としてあります。初代総理大臣の伊藤博文が暗殺された翌年。とにかくこの映画の43年前は江戸時代ですよ。すごい昔の映画。 | これがBS2で放送があったときは「明治43年〜大正6年頃」の製作であると、スーパーで入っておりますが、「日本映画データベース」によると1910年(M43)としてあります。初代総理大臣の伊藤博文が暗殺された翌年。とにかくこの映画の43年前は江戸時代ですよ。すごい昔の映画。 | ||
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− | + | ここまで古いと絵作りも相当いまの「映画」とは様子が違っております。据え置きのカメラがセット(と言っても思いっきり絵を描いたカキワリ〜よしもと新喜劇みたいなアレ〜がうしろにあるだけ)の前で舞台よろしく演技をする役者を淡々と撮ってるだけという、ほんと、「創世記」というおもむき。厳密に言うと、ほかの映画がつぎはぎで混ざってて、松の廊下の刃傷の時だけ急に奥行きのあるセットになってる。(ちなみに衣裳も違うが、吉良役の役者も違うように見える) | |
ていうか、意外に「据え置き」の絵ヅラって基本?こういう構図って黒澤明もやってたですもんね。コレ人間が見ていて安心する構図なのかな。 | ていうか、意外に「据え置き」の絵ヅラって基本?こういう構図って黒澤明もやってたですもんね。コレ人間が見ていて安心する構図なのかな。 |
2009年10月13日 (火) 07:55時点における版
作品概要 | |
制作会社 | 横田商会 |
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公開年度 | 1910年 |
内蔵助役 | 尾上松之助 |
評価 |
最古に近い忠臣蔵映画と言われているそうです。
これがBS2で放送があったときは「明治43年〜大正6年頃」の製作であると、スーパーで入っておりますが、「日本映画データベース」によると1910年(M43)としてあります。初代総理大臣の伊藤博文が暗殺された翌年。とにかくこの映画の43年前は江戸時代ですよ。すごい昔の映画。
邦画第1号の映画大スター「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助が、浅野内匠頭、大石内蔵助、清水一角を一人で何役も演じ、八面六臂の大活躍。
ここまで古いと絵作りも相当いまの「映画」とは様子が違っております。据え置きのカメラがセット(と言っても思いっきり絵を描いたカキワリ〜よしもと新喜劇みたいなアレ〜がうしろにあるだけ)の前で舞台よろしく演技をする役者を淡々と撮ってるだけという、ほんと、「創世記」というおもむき。厳密に言うと、ほかの映画がつぎはぎで混ざってて、松の廊下の刃傷の時だけ急に奥行きのあるセットになってる。(ちなみに衣裳も違うが、吉良役の役者も違うように見える)
ていうか、意外に「据え置き」の絵ヅラって基本?こういう構図って黒澤明もやってたですもんね。コレ人間が見ていて安心する構図なのかな。
「自然光に勝る者無し」ということもあるでしょうが、たぶん当時のフィルムの感度のせいで屋内シーンもセットを屋外において撮ってるのがよくわかる。背景の屏風が風でヒラヒラしてるし、南部坂もカンカン照り。
言うまでもないがとにかく「ゆるい」。しかしそれがなにもかも、愉快でラブリーなのであります。ギャグシーンなんぞはちゃんと声を上げて笑える出来映え。シリアスなシーンでも、墓前の吉良の白髪首をセンスでペシペシ叩いたり、陳腐な言い方だが「逆に新鮮」。
女性キャラは山科の閑居も嶋原でもみんなおっさんが演じています。「映画女優」の起源を知りたくなりました。
坊主頭はヅラ。ハダカは襦袢と、コレも新鮮。
300年も前から長い間愛されてる「忠臣蔵」なんだから当たり前なのだが、映画の技術は未熟でも、扱ってるエピソードがいまに伝わるおなじみのアレコレがすでに完成されており、歴史を感じる。もう一回見ようっと。(1時間半ぐらいの作品)